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身勝手な過激派を『人権』を理由に擁護した結果、テロが飛び火する事態に

 フランス・パリに続き、ベルギー・ブリュッセルでもイスラム過激派が引き起こしたと見られるテロ事件が発生しました。リベラルを名乗る勢力がその土壌を整えていたと言っても過言ではありません。

画像:イスラム教徒の中に隠れる過激派

 イスラム教徒と言えど、全員が無法者という訳ではないのは誰もが知っていることです。ですが、その中に自分たちがコーランの唯一の正しい解釈者だと信じるサラフィズムに基づく過激思想を持つ人物が紛れ込んでいることが問題なのです。

 

 「このような危険人物がなぜイスラム教徒が多数派である中東では問題にならないのか」という疑問を持つ人はいるでしょう。

 中東国家のほとんどは “強権国家” と位置づけられるほど、政権は強大な力を持っています。民主主義国家からすれば、かなり人権が制限されているということが実態なのですが、「諜報部門によって過激思想を持つ人物はマークされ、抑え込まれている」という面があったのです。

 ところが、『アラブの春』によって強権国家の多くが(欧米の軍事力によって)倒されたことにより、サラフィズムのような過激思想も世界中に流通することとなりました。

 

 リベラルなどに多い人権擁護派は『マイノリティの権利保護』に熱心です。欧州ではイスラム教徒はマイノリティに位置づけられるため、その権利保護に乗り出す勢力が一定数は存在することを意味しています。

 仮にサラフィズムを盲信する過激派がヨーロッパのイスラムコミュニティに紛れ込んでいた場合、当局は捜査に乗り出すでしょう。しかし、人権派が権利保護を理由に反発するため、レイシストのレッテルを貼られることを恐れて積極的に動きたくない理由になります。

 その結果、“事勿れ主義” が蔓延することとなり、捜査はすべて後手後手となるのです。もちろん、そのツケを払うのは一般市民であることは言うまでもありません。

 マイノリティの属性を持っている人物の振る舞いが問題であっても、多数派は我慢しなければならないのでしょうか。横柄なマイノリティに対して問題を指摘することすら許されない社会の方が異常であり、分断するのは時間の問題です。

 

 アメリカ大統領選でドナルド・トランプ氏が主張する「イスラム教徒を全員国外追放すること」は明らかに過剰反応と言えるでしょう。

 しかし、ポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)を前面に押し出し、過激派がマイノリティという “盾” を悪用することを容認するリベラルの対応方法も明らかに問題が浮かび上がり、深刻化している現実があるのです。

 人権派が守ろうとするマイノリティの中に潜み、機会を伺っている犯罪者に対して、犯罪行為を厳しく取り締まれるかが不可欠であり、それに対する取り締まり行為を支持する世論があるかがテロ対策には肝心です。キレイゴトを主張するメディアは過激派に寄り添っていることと同じであることを理解しなければならないはずです。