“洗脳”は難しいと思われがちだが、意外と容易である

 埼玉県の女子生徒が誘拐・監禁されていた事件で、「なぜ、逃げ出さなかったのかと理由を問うことは暴力だ」という奇妙な主張をする人々がいます。

 一般人がそのように主張することは問題ないでしょう。ですが、有識者として活動する人々がそのようなコメントを口にすることは単なる勉強不足としか言いようがありません。

 

 彼らは “スタンフォード監獄実験” の存在を知らないのでしょうか。

 心理学という観点で、この実験は誘拐・監禁事件にリンクしたものがあります。スタンフォード監獄実験では『看守役』と『囚人役』に分け、模擬刑務所内で生活させるとどういった状況になるのかという心理実験が行われました。

 これは一種のロールプレイ(Role Play)で、「“ある役割” が与えれれると、最初は演技で役割を果たしていても、次第に役割に飲み込まれてしまう」ことが起こり得るのです。

 この時、『看守役』を与えられた者たちは一般社会では理性によって “やってはいけないこと” と認識していたことであっても、次第に歯止めが効かなくなり、「規則を守らない囚人には屈辱的な罰を与える権限は看守にはある」と考え、暴走していきました。

 誘拐・監禁事件の被害者も『囚人役』と同様の心理状態に置かれていたと考えるべきでしょう。

 

 

 「狭い空間で常に一緒にいる」という環境はスタンフォード監獄実験でも、世間からの注目を集めている誘拐・監禁事件でも共通することです。

 異なった点は、役割が『看守役』と『囚人役』ではなく、『両親に捨てられた女子生徒』と『その生徒を保護した “親切な” 人』というものか、それに類似する役割になっていたことでしょう。

 この際のポイントは「与えられた初期設定がその人にとって受け入れやすいものかどうか」という点です。スタンフォード監獄実験では2週間の予定が1週間で中止となりました。

 つまり、ハードルが低いものであれば、その役割を受け入れることに対する抵抗も少なく、比較的短時間で(違和感を覚えることもなく)受け入れてしまう現実があるということです。

 

 これは世間でクローズアップされるようになった “ブラック企業” の問題にも共通することと言えるでしょう。

 ブラック企業では『何の取り柄もない労働者』と『そのような労働者を受け入れてあげている経営者』という役割を受け入れさせていると分析できるのです。では、そこで働く人に対し、「なぜ、そのような企業で働き続けるのか」と問うことは “暴力” なのでしょうか。

 おそらく、「暴力だ」と言う人は少数派でしょう。また、向けられた疑問に対して「強者の論理だ」とおかしなバッシングをするような人も少ないはずです。

 

 では、「なぜ、逃げ出さなかったのか」という問いに対する答えは何なのかと疑問を持つ人もいるでしょう。「世間知らずだったから」という答えが最も汎用性の高いものです。

 自分の置かれている環境が “世間にある他の環境と比較してどうなのか” を第三者の視線を持ち、どういった待遇であるかを評価できる能力があれば、おかしな環境に身を置いていることに気づくチャンスが増えます。

 「これが世間では当たり前だよ、常識だよ」と言われたことに対して疑いを持ち、自分の頭を使って考え、調べる習慣を身につけておくことが最大の自衛策と言えるのではないでしょうか。