オーストラリアが潜水艦共同開発国にフランスを選択した代償を支払わせる手段はある

 日本・ドイツ・フランスが受注を競っていたオーストラリア次期潜水艦の共同開発国の座はフランスに決定したと NHK など各種メディアが報じています。

 日本が提案していた「そうりゅう型」は結果的に敗れたのですが、選定権限を持っていたのはオーストラリア政府です。つまり、要求された内容を精査し、譲歩の可否を判断した上で提案することが日本側に求められていたことは言うまでもありません。

 

 メディアで報じられていた事前情報には次のようなものが存在しました。

  • 潜水艦:そうりゅう型(通常動力:ディーゼル)
    • 世界最高水準の性能と技術力
    • 日本はオーストラリアと “準同盟関係”
    • 中国包囲網として日・米・豪の連携
  • 武器の輸出・共同開発の経験に乏しい
  • 現地生産比率が低く、雇用喪失が生じる恐れ

 この分析は日本目線で見たものであり、内容については事実と言えるでしょう。ただ、今回の選定作業で重要視されるのはオーストラリア政府の意向であり、日本が提案した「そうりゅう型」が持つメリット・デメリットではありません。

 要するに、オーストラリア政府が考える最優先事項に最も適した提案内容が選ばれることを意味しているのです。

 

 では、“オーストラリア政府が求めていたこと” にはどのような要件があったのかを確認しましょう。

1:総選挙を念頭に置いた国内の雇用確保

 オーストラリアでは7月に総選挙が行われる予定になっています。親日的な発言の多かったアボット前政権では野党・労働党に支持率で敗けていたため、(このままでは選挙に勝てないというクーデターによって、)ターンブル政権が誕生したという経緯があります。

 国内の利益を最優先させることはどの国でも共通することであり、ターンブル政権も “資源国オーストラリアが儲ける方向” に舵を切ります。資源国が繁栄するには資源消費国との良好な関係が不可欠です。自国で消費しきれない分を輸出に回し、外貨を獲得することが常套手段だからです。

 現在、世界最大の消費・購買力を持つのは中国です。そのため、オーストラリアも自国資源(鉄鉱石や牛肉など)を中国に多く売りたいと考えることは自然なことと言えるでしょう。

 同時に、中国は “中国市場から締め出すぞ” と脅すことが可能になるため、中国政府の影がちらつくことにもつながるのです。

 

2:オーストラリアが求めた特別な要件

 ターンブル首相はフランスの提案を採用した際に(造船地となる)アデレードで行ったTV演説で「フランスの提案がオーストラリアの特別な要件を最もよく満たすことができる」と発言しています。

 つまり、運用面でメディアが大きく報じていない要件が存在したことを意味していると言えるでしょう。

 

  • コリンズ級(現行艦=3,000トン級)を上回る航続距離
    → 4,000トン級以上の大型潜水艦
  • コリンズ級以上のステルス性や探知能力
  • 米国の戦闘システム搭載を前提
    ※ 使用中のシステムがアメリカ製であるため
  • 特殊部隊の運用能力
    → 対地攻撃能力、小型潜水艦収容など

 ロイター通信などが報じていた要件と整理すると、上記のような項目が浮かび上がります。オーストラリアは周囲を海に囲まれた大陸国であり、航続距離の長い潜水艦を必要としていたと言えるでしょう。

 

 オーストラリアが要求する潜水艦の要件はアメリカ軍が持つ『バージニア級原子力潜水艦』とほぼ同じと言えるでしょう。ですが、原子力潜水艦は運用コストが嵩むため、財政的に厳しいオーストラリアが所有するメリットを国民向けに説明することは困難です。

 したがって、動力部分を原子力からディーゼルに変え、運用コストを圧縮することで受注を狙ったものと見るべきでしょう。ここで、ポイントとなるのは “攻撃型潜水艦” の要件定義を行っている訳ですから、オーストラリアが仮想敵国として扱っている可能性のある国はどこかということです。

 それはインドネシアであり、インドネシアから独立した東ティモールです。オーストラリアは東ティモールが独立した際に軍隊を派遣し、その後の混乱に乗じて石油・ガスなどの資源を強奪したとして東ティモールから国際司法裁判所に訴えられています

 海洋国を脅すには隠密性が高く、航続距離の長い潜水艦を保有することが有効であることは言うまでもないことです。特殊部隊を潜水艦に乗員させる理由も、これらの国をいざという時は攻撃できる力があることを示す目的も含まれていると言えるでしょう。

 

 2016年に1番艦が就役予定であるフランスのシュフラン級原子力潜水艦(バラクーダ型)にディーゼルエンジンを載せることを選択したオーストラリアにそれなりの代償を支払わせることも可能です。

 それには「そうりゅう型」の完成品をインドネシア政府に売却することを匂わせるだけでかなりの効果を得られるでしょう。

 東ティモールとオーストラリアの間にあるティモール海は大陸棚の存在もあり、領土問題を抱えています。経済力や軍事力を背景にオーストラリアは圧力をかけようとすることが予想されるのですが、仮想敵国が “待ち伏せ攻撃で威力を発揮する「そうりゅう型」を(ティモール海に)配備” することでその効果が減少し、割に合わなくなります。

 原子力潜水艦としての運用実績もないフランス製をディーゼル型として採用を決めたこともリスクを伴いますが、オーストラリアが仮想敵国と見なしているであろう国に天敵となりうる兵器を輸出することも選択肢として存在することを見せておくことも求められることと言えるでしょう。