「元米軍人による女性殺害事件は日米地位協定が諸悪の根源」と主張するほど、改正は難しくなる

 沖縄県うるま市で発生した女性殺害事件を受け、「日米地位協定が問題だ」と主張する声が出ています。

 思想・信条の自由がある日本では、そのような声をあげる権利は存在します。しかし、今回の事件を理由に地位協定の変更を求めても、オール沖縄が望む成果を得ることはできず、事態は悪化するだけでしょう。

 

 犯罪が発生した場合、次のような流れとなることが一般的です。

  1. 事件発生
  2. 警察機関が捜査を実施
  3. 警察が裁判所に逮捕状を請求し、容疑者の身柄を確保
  4. 警察での取り調べの後、検察へ送致
  5. 検察庁で取り調べを経て、裁判所に起訴(=公訴)
  6. 受理されると、裁判が開始

 「日米地位協定が問題だ」と主張するには、今回の事件を起こしたとして逮捕されたシンザト・ケネフ・フランクリン容疑者(32)に対し、「アメリカ側が地位協定を盾に捜査を妨害をしていた」という根拠を示さなければ説得力がありません。

 

 実際に「妨害していた」と証明できるのであれば、“女性の人権” にスポットライトが当たっている現代において、世界中のリベラルを味方につけることができるでしょう。

 しかし、妨害した根拠がないにもかかわらず、地位協定を問題視する活動は逆効果になります。むしろ、被害者となった女性を自らの政治活動に利用する活動家として忌み嫌われることになるのです。

 

地位協定の定める『軍属』の定義とは

 まず、今回の容疑者が地位協定で保護される権利があったのかを確認することにしましょう。外務省が公開している日米地位協定(日英対照)には次のような文言が第1条に記載されています。

 "civilian component" means the civilian persons of United States nationality who are in the employ of, serving with, or accompanying the United States armed forces in Japan

 該当要件を日本語で整理すると次のようなものとなります。

  • 『軍属』とはアメリカ国籍を有する文民で、次のいずれかに該当する
    • 在日米軍に雇用されている
    • 在日米軍で勤務している
    • 在日米軍に随伴している

 容疑者が「軍属か否か」で情報が定まらなかったのは、上記のような条文が存在するからでしょう。

 アメリカ側は直接的な雇用関係(employ)はないと否定しましたが、容疑者が在日米軍基地でインターネット関連の職に就いており、勤務(serve)に該当すると解釈できるからです。

 また、「アメリカ軍関係者以外であってもYナンバーの車両を使えるのか」という質問に対しても的確な答えが用意しなければならなくなります。

 ただし、今回の事件でアメリカ側は(地位協定の適用の)対象外であることを明言しているため、何の妨害工作もしていないことは事実として認識しておかなければなりません。

 

日本の警察に身柄を拘束されない恩恵はある

 日米地位協定でアメリカ軍人や軍属には公務外で犯した罪について、現行犯逮捕の場合を除いて、日本側で公訴が提起されるまではアメリカ側が身柄を確保すると定められています。(第17条5-c

 過去にはアメリカ側が身柄を押さえておかなければならない被疑者がアメリカに逃亡したケースもありましたが、いずれの場合においても、アメリカ国内で身柄が確保され、沖縄当局に身柄が移された後に処罰を受けています。

 少なくとも、情報の伝達経路が多様化した現代に被疑者を意図的に逃亡させたことが明るみに出れば、批判を受けることは免れないでしょう。また、今回の事件でも、在日アメリカ軍が捜査当局に協力的だったことも見落としてはなりません。

 捜査線上にアメリカ軍関係者が使う “Yナンバー” の車が浮上し、速やかに容疑者が特定されました。普段から協力体制ができていなければ、特定作業にもっと時間を要していたはずです。

 そして、実際に容疑者が逮捕された際に身柄を沖縄県警に引き渡しています。地位協定では公訴される段階までアメリカ軍人や軍属の身柄を日本側に引き渡さなければならない責務はありません。

 しかし、そのような捜査妨害は一切行わず、容疑者の身柄は地元の捜査当局にあるのです。これは通常の犯罪捜査と同じプロセスを辿っており、今回の事件と日米地位協定を結びつけることには無理があることを理解しなければならないことと言えるでしょう。

 

地位協定の改善は不可欠だが、“オール沖縄” には不可能

 駐留が認められた外国軍隊は特別な取り決めがない限り、受け入れ国の法令は適用されないことが国際的なルールとなっています。そのため、在日米軍も公務執行中の行為に対しては原則的に日本の法律は適用されません

 そして、“公務” をどう定義するかで不公平感が生じるのです。

 アメリカ軍は駐留する現地国の法令は適用されないことになっていますが、これはアメリカの軍法で裁くことが前提になっているからです。しかし、冷静に考えるとズルができる余地があることは明白です。

 軍法で民間人が裁かれることはありません。特に、平時に『軍属』や『家族』に位置するアメリカ人が日米地位協定に基づく恩恵を受けることができる状況にあることは矛盾していると言えるでしょう。

 「軍法で裁くことのできない立場にいる者を地位協定で守るのは誤りだ」と正論で攻め立てることが有効です。冷静さを持ち、詰将棋のような考え方ができれば、不平等さを改善できるでしょうが、八つ当たり的な主張を繰り広げるようでは改善の余地を自ら放棄することになってしまいます。

 

 例えば、アメリカ軍の部隊が沖縄県内の演習場に向かう途中に交通事故を起こしたケースでも、運転手は “公務” となるでしょう。平時に「公務であるから」という理由で地位協定を盾にできるようでは地元住民が不満を溜め込むことになることは目に見えています。

 適用範囲を厳格化することが、不平等感を払拭する上では欠かせません。しかし、そのためには沖縄側が信頼に値する法治体系を維持・運営していることが大前提です。

 県知事を始め、地元有力紙が先頭に立って、在日アメリカ軍に対する憎悪を煽り立てているのですから、交渉する余地すら得ることはできないでしょう。

 日本国において、日本国の法令を尊重し、及びこの協定の精神に反する活動、特に政治的活動を慎むことは、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族の義務である。

 アメリカ側は地位協定16条にある上記を遵守しているのです。日本国の法令すら守ろうとしない活動家たちからの要望は検討するに値しないと門前払いを受けて当然と言えるでしょう。

 残念ながら、ゴネれば沖縄への補助金が増額されるという時代はもう終わったのです。的外れの主張を続ける限り、最大多数派である第三者の間には支持ではなく、嫌悪感が広がることになります。そして、それが観光業への風評被害の原因になることを覚えておく必要があるのではないでしょうか。