“ヘイトスピーチの可能性” を根拠にデモ活動を中止させるのは戦前の全体主義と同じである

 民族差別的な言動、いわゆる “ヘイトスピーチ” が行われる可能性が高いとして神奈川県川崎市でデモ活動の許可が認められなかったグループが川崎市内の別の場所で活動をしようとしたところ、反対派が押しかけデモが中止になったとNHKが伝えています。

 

 民族差別的な言動を繰り返すヘイトスピーチが行われる可能性が高いとして、川崎市から管理する公園の使用を認められなかった男性らのグループが5日、市内の別の場所でデモを予定していましたが、グループの活動に反対する人たちと激しく言い争う状況になり、デモは中止になりました。

 

 他者を誹謗・中傷する行為を容認する人は少ないでしょう。行政側(川崎市)による今回の対応は問題のあるものであり、それを称賛する朝日新聞などのリベラル界隈の姿勢についても称賛できるものではありません。

 まず、デモを申請したグループですが、過去にヘイトスピーチを行った経緯があります。

 川崎市はそのことを根拠に「ヘイトスピーチが行われる可能性が高い」と結論付け、当初申請された場所でのデモ活動を認めないという判断を下しました。これは明らかに異例のことと言えるでしょう。

 そして、5日に川崎市内の別の場所で行われたデモ活動が中止になった理由もヘイトスピーチによるものではないのです。

 ヘイトスピーチ規正法に抵触する行為は何もしていないにもかかわらず、可能性があるという理由だけで申請が却下され、憲法で認められた権利すら保証されない。この自体こそ、現在の民主主義の価値観とは大きく乖離している事態と言えるのではないでしょうか。

 

 次に、デモ活動を中止に追い込んだ “市民” として一部から英雄視されている者たちですが、彼らは「自らの正義のためであれば、法律を破ることなど何とも思っていない危険な存在」なのです。

 公道使用の許可を得たグループのデモ活動に対し、動員をかけ、数の力を背景に罵声を浴びせ、デモ行進を妨げました。

 反対派のデモ活動は無許可であり、デモ活動を妨害したのですから威力業務妨害に該当するでしょう。また、進路を塞いでいるのですから、道路交通法違反にも該当します。果たして、川崎市は法治国家を構成する自治体なのでしょうか。

 許可を得たデモ活動すら行えないのは民主主義としては致命的です。それとも、「該当のデモ活動は川崎市が容認できない内容となる可能性があるから許さない」とでも言いたいのでしょうか。だとすれば、それは事前検閲であり、表現の自由に抵触することです。

 

 “ヘイトスピーチ” を実際に行うような団体が世間一般から多数派の支持を受けることはありませんが、それと同じく、ヘイトスピーチに反対する反差別界隈が支持を受けることもないでしょう。

 なぜなら、一般層から見ればどちらのグループも非常に威圧的な暴徒にしか見えないからです。危ない雰囲気を醸し出し、うるさく罵り、威圧的で挑発的な態度を採る好戦的な集団を支持しようとは思わないことが普通です。

 どちらの界隈にもNOを突きつけられるでしょうから、「騒ぎを起こすチンピラ集団」のイメージが世間には広まることでしょう。その片方の界隈に “オピニオンペーパー” を自称する朝日新聞が肩入れしているのですから、頭が痛くなっている読者の方が多いのではないでしょうか。

 

 ヘイトスピーチを問題視するのであれば、大阪市生野区で発生したヘイトクライムを問題する方が優先度は高いはずです。

 在日の男が「お前日本人か?」と尋ね、「そうだ」と答えると包丁で刺した連続通り魔事件がありました。「日本人なら何人も殺そうと思った」との発言からも、ヘイトクライムであることは明らかなのです。この問題への対処をおざなりにしておきながら、「ヘイトスピーチは許さない」などと主張するのは詭弁と言えるでしょう。

 「在日韓国朝鮮人はヘイトクライムを起こす可能性があるのだから、次の日本人被害者が発生する前に国外退去処分にすべきだ」

 “ヘイトスピーチの可能性” を根拠に行政の対応ができるのであれば、上記のような主張に基づく対応を行政は余儀なくされるでしょう。適用範囲を広げすぎると、自分の活動にも大きな影響が生じることを自覚しておく必要があると言えるのではないでしょうか。