『EU離脱の是非を問う住民投票』が行われたのはキャメロンだけの責任ではない

 イギリスで『EU離脱の是非を問う住民投票』が可決されたことを受け、「キャメロン首相が住民投票を行ったことは間違いだった」との主張が出ています。

 しかし、それは結果論に過ぎません。責任をキャメロン首相に押し付けるのは明らかに間違いと言えるでしょう。

 

 まず、イギリスの政治状況を長いスパンで見ると、住民投票を行うことは回避しにくい状況でした。そのため、EU残留派が勝利できるタイミングで住民投票を行うことが何よりも重要だったと言えるです。

 では、時系列を確認することにしましょう。

 

2010年総選挙:キャメロン政権が誕生

 2010年に行われたイギリス総選挙で政権交代が発生し、保守党のキャメロン政権が誕生しました。

表1:主要政党別議席数と得票(2010年イギリス総選挙)
政党名得票数議席数
保守党 10,726,614
(36.1%)
307
(+97)
労働党 8,609,527
(29.0%)
258
(-91)
自由民主党 6,836,824
(23.0%)
57
(-5)
スコットランド国民党 491,386
(1.7%)
6
(±0)

 保守党は第1党になったのですが、選挙前の予想通り、過半数には届きませんでした。そのため、中道左派・リベラルの自由民主党と連立政権を組み、キャメロン政権が誕生したという経緯があります。

 

 労働党の敗因ですが、1つはゴードン・ブラウン首相の失言です。

 このテレビCMを見た記憶がある人もいるでしょう。“元ネタ” となったのがブラウン首相(当時)の失言だったのです。

 ブラウン首相は遊説中に “生涯に渡る労働党支持者” と主張する年金生活者の女性から「東欧人が次々に大挙してイギリスにやって来る」と労働党政権が進めてきた移民政策や関連予算の計上などを厳しく批判されました。

 次の遊説先に向かう車中でマイクが入った状態で「最悪だ」「馬鹿げている」「ただの偏屈女」などと暴言を繰り返し、メディアに大々的に取り上げられるという大失態をしてしまったのです。

 結果として、与党・労働党(当時)は支持率で自民党にも抜かれ、3番手となり、政権を失うことになりました。また、この騒動が『EU離脱の是非を問う住民投票』の結果を読み解く伏線とも言えるでしょう。

 

2014年欧州議会選挙:反EU政党が第1党に

 2014年5月、イギリスで欧州議会選挙が行われ、EUに否定的な政党が第1党となりました。

表2:主要政党別議席数と得票(2014年欧州議会選挙)
政党名得票数議席数
イギリス独立党 4,352,051
(27.5%)
24
(+11)
労働党 4,020,646
(25.4%)
20
(+7)
保守党 3,788,405
(23.9%)
19
(-7)
緑の党 1,244,975
(7.9%)
3
(+1)
スコットランド国民党 389,503
(2.5%)
2
(±0)
自由民主党 1,087,632
(6.9%)
1
(-10)

 

 この時点で潮目がはっきりと変わったことが分かります。

 まず、保守党と連立政権を組む自由民主党が有権者から見放されました。これは、リベラル政党が緊縮政策を進める与党・保守党と組んだことによる支持層が離反したためです。

 また、保守党も緊縮政策を掲げておきながら、リベラル派に政策面で譲歩したことに対する批判から支持者離れを引き起こすという悪循環が生じ始めました。

 

 欧州議会の選挙方式は比例代表制が採用され、各地域ごとに議席が割り当てらます。投票率は 34.1% と総選挙の半分ほどでしたが、得票数を見ると、EU離脱派の主張は無視できないレベルになっていました。

 このような状況の中、「スコットランドの独立を問う住民投票」が行われることとなりました。

 キャメロン政権のEU離脱を疑う声も出る中、独自通貨を持たないスコットランドが独立し、EUに加盟する道が絶たれたこともあり、イギリス残留という結論が出されたのです。

 

2015年総選挙:保守党単独政権が誕生

 2010年のイギリス総選挙の時と同様に、今回も単独過半数を獲得する政党は出ないのではないかと予想される中で選挙は行われました。

表3:主要政党別議席数と得票(2015年イギリス総選挙)
政党名得票数議席数
保守党 11,334,920
(36.9%)
331
(+24)
労働党 9,347,326
(30.4%)
232
(-26)
スコットランド国民党 1,454,436
(4.7%)
56
(+50)
自由民主党 2,415,888
(7.9%)
8
(-49)
イギリス独立党 3,881,129
(12.6%)
1
(+1)
緑の党 1,157,613
(3.8%)
1
(±0)

 結果は、キャメロン首相率いる与党・保守党が予想に反し、単独過半数を獲得することとなりました。

 イギリス総選挙は全議席が小選挙区制で決まるため、得票率と議席数に比例関係はありません。これがイギリス独立党が1議席しか獲得できなかった理由であり、「EU離脱の是非を問う住民投票を行う」と公約した保守党のキャメロン政権が勝つ大きな要因となったです。

 おそらく、住民投票を公約に入れなければ、労働党が議席を取る小選挙区が増え、保守党の単独過半数とはならなかったでしょう。連立政権が上手く機能しなかったことは『保守党=自由民主党政権』からも見えたため、混迷の度合いが加速する恐れもあったのです。

 また、スコットランドでの住民投票を受け、スコットランド国民党が労働党や自由民主党の牙城と見られた地域で軒並み議席を奪ったことからも、単独過半数を得る可能性は保守党に限定されつつあると言えるでしょう。

 

EUからの離脱を問う住民投票:誤った票読み

 「住民投票の約束を反故にする」という選択肢もあったのですが、それを選んだ時点で民主主義国家では政治家生命が終わることを意味します。したがって、住民投票はやらざるを得ない状況となりました。

 しかし、当初から緊張感があった訳ではありません。それは2015年に行われた総選挙での得票数から “票読み” をした結果が関係しています。

  • 離脱派
    • イギリス独立党:400万票
  • 離脱と残留が混在
    • 保守党:1100万票
  • 残留派
    • 労働党:950万票
    • 自由民主党:250万票
    • スコットランド国民党:150万票
    • 緑の党:100万票

 主要政党別に離脱派と残留派を分けると上記のようになるでしょう。

 イギリス独立党が総選挙で獲得した得票は約400万票。これは保守党と労働党を除く、EU残留派の主要政党である自民党・スコットランド国民党・緑の党に投じられた票で上回る計算になります。

 そのため、仮に保守党支持者の過半数が離脱に回っても、労働党支持者が残留に回れば、住民投票で「EU残留」との結果を出せると判断したのだと思われます。

 

 ですが、現実には離脱派が勝利しました。“票読み” とは大きく異なり、EUに懐疑的な保守党支持者が多かったことと、労働党支持者が予想以上に離脱に投じたことが今回の結果となりました。

 中でも、労働党議員は離脱派が 4% ほどであったにもかかわらず、支持者では離脱派が 40% と報じられていた点が投票結果に大きく影響したと言えるでしょう。

 つまり、ゴードン・ブラウン元首相の失言問題に関係した “生涯に渡る労働党支持者” と名乗った女性はイレギュラーな支持者ではなく、ごく一般的な労働党の支持者だったのです。支持者が持っている意見の割合を正しく把握できていなかったことを問題としなければなりません。

 党首の発言を疑いもなく受け入れるのは共産党のような独裁体制でのみ有効機能するものです。

 民主主義では支持者が自分たちの考えに賛同してくれるのかが重要要素なのです。「生活が苦しくなる」と脅したところで、すでに底辺にいると感じている有権者には何も感じないでしょう。

 EUに加入することで得られているメリット・デメリットを明確にできなかったことが最大の反省点と言えるのではないでしょうか。