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プレーしながら治せない怪我もあることを阪神・金本監督は知る必要がある

 “超変革” のスローガンを掲げ、阪神タイガースの監督に就任した金本知憲氏ですが、8日の広島戦で藤浪晋太郎投手に対する起用方法が波紋を引き起こしています。

 「最後まで投げさせるつもりだった」と8回161球を強いたのです。この采配は監督として管理能力を持っていないと宣言したも同然と言えるでしょう。

 

 まず、藤浪投手ですが、昨秋に行われた侍ジャパンの試合を右肩痛を理由に辞退しています。

 「シーズン中から少し痛みがあった」とコメントし、秋季キャンプではノースローで回復を優先させていた経緯があります。つまり、起用方法についてはナーバスになる必要のある選手なのです。

 プロで活躍する選手は負傷を抱えていたとしても、世間には公表せず、隠そうとするケースがあります。これはコンディションが野球選手という職業にとっての企業秘密であり、生活(=年俸)に直結する要素だからです。

 しかし、監督の認識が選手と同じでは話になりません。少なくとも、『プレーしながらでも治せる怪我』と『プレーすると状態が悪化する怪我』があることを認識することが必要です。

 

 『プレーしながらでも治せる怪我』の代表例は金本監督が現役時代に「左手を骨折しながら右手1本でヒットを打った」というエピソードのものでしょう。

 骨折については患部を固定し、極力使わずにプレーすることが可能であれば、プレーへの支障は限定的です。守備機会が比較的少ない外野手で、左手を添えるだけでバッティングができたことが出場を続けることができた要因です。この条件が揃っていなければ、治療に専念していたことと思われます。

 

 では、『プレーすると状態が悪化する怪我』とはどういったものか。

 これは金本監督の選手晩年が当てはまります。ボールを投げる方の右肩を痛めた金本監督のレフトでのプレーは散々なものでした。カットマンまでまともにボールを投げることができず、“ラッキーゾーン” が出現している有様だったからです。

 「気合い」や「根性」が何の役にも立たなかったことは選手晩年の金本監督が自ら証明しています。それだけ、肩の負傷はナーバスにならなければならない問題なのです。

 

 また、監督としての起用方法やメディアの前で語る内容を決定的に間違えています。立ち上がりに難があるなら、現状で行っている準備のどこに問題があると選手が認識しているのかを聞き、それに対するアプローチがどうなのかの評価を行い、必要であれば監督権限で介入すれば良いのです。

 選手の自主性に任せるなら、どのような結果が出ようとも受け入れなければなりません。「結果が望ましくない」という理由で選手を批判することなど論外です。

 「普通にやっておけば、もう10勝していてもおかしくない投手」と評価していますが、12球団最低の打率 .240 (7月8日終了時点)では無理難題です。巨人の菅野投手ですら、5勝であることを忘れているのではないでしょうか。

 もし、藤浪投手にエースとして自覚を再認識させ、奮起を促すためのメッセージを送るのであれば、次のようにすべきでした。

 「打線が沈黙しており、苦しい戦いが続いていることは事実。晋太郎には味方がリードをするまで相手打線をゼロに抑え続けることを求めたい。それができるだけの実力がある投手だし、優勝・日本一のためにはそういった投手が不可欠。メッセや能見が目の色を変えるような投球を期待したい」

 

 打てない打線の中、先制されたくないから厳しいコースを無理に突こうとし、カウントを悪くして甘い球を打たれる。完全に悪循環にはまり込んでいます。

 “超変革” を掲げるのであれば、捕手として大ブレイク中の原口選手を三塁で起用するなど、打線強化に重点を置いた采配を行う準備をしてみる価値はあるでしょう。「捕手としての守備力に課題がある」という理由で外すには惜しい打力を有していることが証明されたからです。

 若手にチャンスを与え、根性論で乗り切ろうとするのであれば、それは単なる “先祖返り” に過ぎません。メンタル面で自信を保つためには体力や技術といった部分を効果的に身につけていることが前提であることを認識し直す必要があるのではないでしょうか。