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実名報道を求めるなら、記者とデスクの署名記事を義務づけるのが先決だ

 マスコミによる倫理懇談会が福岡で開催され、その中で実名報道をテーマにした討議が行われたと共同通信が伝えています。

 “情報” を売って稼ぎたいメディアは実名報道に強いこだわりを見せていますが、そのためには先にやるべきことがあると言えるでしょう。

 

 新聞社や放送局などでつくるマスコミ倫理懇談会全国協議会の第60回全国大会は29日午後、福岡市の会場で分科会が開かれた。

 (中略)

 実名報道がテーマの分科会では、7月の相模原障害者施設殺傷事件で、警察が遺族の意向を受け、殺害された19人を匿名にした事例を毎日新聞の青島顕記者が報告。「前例主義にならず、実名報道の必要性を考え続けることが大切」と話した。

 

 メディアは相模原市の障害者福祉施設で発生した事件で被害者の氏名が(警察から)公表されなかったことを不満に思っています。

 「実名報道の必要性」をマスコミは声高に主張していますが、これは単なるキレイゴトです。なぜなら、“被害者の家族” という肩書きの人々が事件に対するコメントを発表しているのです。

 これは「被害者が誰であるかの情報」をマスコミが持っていることを意味しています。実名報道が不可欠と言うのであれば、自分たちの責任で実名を報じれば済む話です。しかし、マスコミは被害者の実名を公表しなかった警察を批判している状況です。

 

 なぜ、必要な情報を持っているマスコミは実名報道に踏み切ろうとしないのでしょうか。

 それは「責任を負いたくない」という自己保身から来る身勝手なものでしょう。個人情報を明かされたくないと考える個人のプライバシーを “知る権利” をいう理由を使って報じ、金稼ぎをしているのです。

 警察発表で加害者・被害者の氏名が言及されれば、マスコミは「自分たちは警察発表を報じただけ」と(仮にプライバシーの侵害で訴えられても)逃げることができます。

 また、被害者の周囲に話を聞き、お得意の “お涙頂戴を狙うドキュメンタリー” を作り、一儲けできるのですから現状の変化を拒絶することはビジネスとしては正しいと言えるでしょう。

 

 ただ、冷静に考えると署名記事の文化が根付いていないマスコミが「実名報道の必要性」を訴えることは冗談にしか思えません。

 自分たちが報じた内容を取材した人物や編集した人物を明かすことができない報道組織なのです。なぜ、報じる内容に登場する人物だけを実名で報道する必要があるのでしょうか。少なくとも、新聞であれば記者やデスク、テレビならプロデューサーも実名を出してニュースを報じるべきです。

 安全な場所に身を置き、他人のプライバシーを平然と報じることで金稼ぎをする。これがマスコミの実態なのです。その自覚をせず、“報道” や “知る権利” を叫んだところで、世間からの信用度が低下するだけです。

 

 まずは実名報道を訴えるのであれば、自分たちが署名記事を書き、番組制作に関わったスタッフも実名で明記することを徹底する必要があります。

 この習慣が当たり前に根付いて始めて、「実名報道の必要性」を世間に訴える資格が得られることでしょう。やるべきことをやってから、要求を訴えなければ、第三者の共感を得ることは難しいと言えるのではないでしょうか。