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福島から自主避難した子供がイジメられるのは風評被害を作ったメディアにも原因があるのでは?

 福島県内から自主避難した子供が横浜市の小学校でいじめに遭っていた事件に続き、同様のケースが新潟市でも起きていたと朝日新聞などが報じています。

 何の責任もない子供がいじめの被害者になったことに対し、メディアは原発の風評被害を糾弾するスタンスにシフトし始めています。しかし、朝日新聞などリベラルを名乗るメディアは自社が報じた内容を総括する方が先だと言えるでしょう。

 

 児童は2011年の東日本大震災後、家族と新潟市に自主避難した。保護者によると、理由は定かではないが、小学3年のころから仲間はずれにされたり、一部の同級生から名前に「菌」をつけて呼ばれたりするようになったという。

 

 横浜市のケースにせよ、新潟市で新たに発覚したケースにせよ、いじめの被害にあったと報じられているのは自主避難をした生徒です。この部分をどう考えるかで対応そのものが大きく変わってくるでしょう。

 日本では憲法22条で公共の福祉に反さない限り、居住の自由は認められています。これは「居住禁止区域や立ち入り禁止区域」に指定されていなければ、どこに住むのも自由ということを意味します。

 ところが、“福島の危険性” を煽ることで売り上げを伸ばしたいメディアの報道による風評被害が生まれ、その論理を子供たちが無意識の内にいじめのきっかけに使ってしまっていたことを明るみになったのが一連のニュースと言えるしょう。

 

 福島から自主避難をした人は良くメディアに登場します。これは「福島はダメだ」というメッセージを発信し続けたいメディアとの利害関係が一致しているため、この条件に当てはまる人がクローズアップされやすいという土壌があるのだと思われます。

 ですが、以下の条件にあたる人々は “自主避難者” に該当するでしょうか。

  1. 福島県内で居住・勤労をしていたが、震災後の放射能が心配で福島県外に引っ越した
  2. 福島県内で居住・勤労をしていたが、震災で失職したため県外に職を求めて引っ越した

 『1』の条件に該当する人とその家族は “自主避難者” と呼べるでしょう。しかし、『2』の条件の場合は、“自主避難者” と呼ぶことがふさわしいとは言い切れません。

 また、これまでのメディア報道で「自主避難」と呼ぶことによる負の感情が根付いていることをマスコミはあまりに軽視しすぎています。

 

 「“自主避難者” が家賃補助の打ち切りを決めた行政に対し、生活が困窮すると訴え、引き続き補助を継続するよう陳情した」というニュースに読者が触れれば、どういった反応が起きるかという点が欠如しているのです。

 自宅のある地域が「居住禁止区域や立ち入り禁止区域」に指定されたままで、支援が一方的に打ち切られることが発表されれば、世間も避難している人々の側に立つでしょう。しかし、“自主避難者” は自分の意志で福島県を離れるという決断をしたのであり、それに対する支援は過剰支援だと見なされる傾向にあります。

 ただ、そうした “自主避難者” を生み出したのは朝日新聞の「プロメテウスの罠」のような科学的な根拠を持たないポエム記事です。

 風評被害を引き起こし、無駄な除染作業で税金を浪費させた上、福島を嫌悪するよう紙面上で仕向けたのです。福島出身の子供をいじめた理由も、この部分に根幹があると言えるでしょう。

 新潟で教員が生徒を「菌」と呼んだことは許せないと憤る人やメディアは多数いるでしょうが、2013年2月に泉田裕彦・新潟県知事(当時)が震災瓦礫の処理について「わかっていてやったら殺人に近い」と述べたことに批判の声をあげたでしょうか。公職に就いていた人物ですら、間違った知識でコメントし、メディアはその発言を咎めていないのです。

 

 震災後、躊躇なく福島や被災を差別することで日頃のストレスを発散し、反政府運動を行う者たちが現れました。彼らが自らの価値観をどう表現するかは自由ですが、根拠のない不安を煽り、レッテル貼りや差別を行う行為の片棒をメディアが担いだことは事実と言えるでしょう。

 間違いだったことが判明した部分についての総括を行い、訂正情報を世に浸透させるという行為を真面目に行わない限り、メディアが信頼を得ることはないと自覚する必要があるのではないでしょうか。