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具体的な指摘できない者は感情論に基づく言いがかりを述べる傾向にある

社会

 「日本人は討論が苦手な傾向にある」と言われます。ディベートやディスカッションといった討論を行う機会が教育カリキュラムで比重を置かれていないことが原因の1つでしょう。

 それと同じぐらい影響があることは「具体的な指摘を行わないメディア」の存在です。

 

 例えば、朝日新聞は12月20日付けの社説でオスプレイの飛行再開を批判しています。「アメリカ軍からの説明を日本政府は容認した」と書き、不満を述べています。

 わずか3日後、米軍は飛行を再開した。「空中給油の際の給油ホースとオスプレイのプロペラの接触が原因であり、機体そのものが原因ではない」という米軍の説明を、政府はそのまま容認した。

 (中略)

 米軍の説明の根拠は何か。同様の事故が再発する恐れはないのか。胴体着陸事故の日本側への通報が遅れた理由はーー。米軍の、そして日本政府の説明は十分とは言えない。

 

 もし、朝日新聞が「アメリカ軍の説明に納得できない」と主張するのであれば、自分たちがどの点の説明に納得していないのかを具体的に指摘しなければなりません

 新聞社である以上、取材活動を通して検証する責務があることは当然です。最も大事な仕事を放置し、言いがかりや文句を述べてばかりであることは明るみに出たからこそ、若者を中心に新聞を読む割合が大きく落ち込んでいるのでしょう。

 

事故は領海の外、接続水域で起きている

 アメリカ軍による説明は「沿岸から30キロ離れた海上での夜間空中給油訓練中にオスプレイのプロペラと給油ホースが接触し、プロペラが損傷したため」というものでした。

 この説明のどの部分が納得できないのかということを明らかにすることは朝日新聞の責任です。

 日本の主権が及ぶ領海は基線から最大12海里(約22.2キロ)。つまり、在日アメリカ軍が訓練を行っていた場所は領海の外側に位置する接続水域なのです。

 中国船が尖閣諸島の領海内に侵入したことは見て見ぬ振りとしていながら、米軍が関係する事故については領海外のことでも厳しく対処するのは明らかにダブルスタンダードと言えるでしょう。

 

事故後にオスプレイは約30キロの飛行をしている

 「オスプレイ墜落」と騒ぎたい界隈には不都合な現実ですが、事故を起こしたオスプレイは30キロの飛行ができたことが明らかになっています。事故機のパイロットが考えたプライオリティーは以下のとおりであったと言えるでしょう。

  • 最善:普天間飛行場へ帰還
  • 次善:機体が回収しやすい場所に不時着
  • 最悪:機体を操縦できず墜落

 パイロットが操縦し、在日米軍基地を目指して飛行できているのですから “最悪” のケースは回避できています。辺野古の沖合約1キロの地点に着水するまで機体はパイロットのコントロール下にあったのですから、墜落と表現することはできないでしょう。

 また、パイロットが下した判断も高く評価されるべきものです。

 

100億円の軍用機を捨てるという決断

 もし、アメリカ軍に隠蔽体質が根付いているなら、今回の事故を揉消すことは容易です。

 空中給油訓練中に事故が起きた際の “最善のプライオリティー” である普天間飛行場への帰還をパイロットに強制すれば良いのです。普天間まで機体を持ち帰れば、事故そのものがなかったことにできるからです。

 万が一、プロペラの破損によって部品が落下したとしても、「整備上の問題を改善したプロセスが徹底されていなかった」と最もらしい理由を述べれば、容易に追求をかわすことができたでしょう。

 

 しかし、パイロットは「部品落下によって、沖縄県内の人家に損害が出ること」に配慮し、約100億円の機体を捨てるという “次善” の決断を下しています

 少なくとも、この決断は尊重・評価されるべきですし、怪我を負った隊員にお見舞いの言葉をかけることは地元行政のトップがするべき仕事と言えるでしょう。

 民事訴訟で億単位の賠償が得られるケースが極めて稀なケースです。工事現場で建設物が落下して、通行人に当たって死亡したケースでも、(豊富な資金がある)施工会社から多額の賠償金を得ることは難しいという現実と比較する必要があります。

 

 

 「空中給油訓練中の接触事故」後におけるアメリカ軍の行動に問題があったとは言えません。そのため、オスプレイの飛行中止を求める論理的な根拠が見当たらないのです。

 在日米軍はオスプレイの飛行は再開しましたが、事故を起こした空中給油は再開していません。接触事故で火花が生じていれば、機体が爆発炎上を起こす可能性があり、それによる被害を真っ先に受けるのは他ならぬアメリカ軍兵士だからです。

 現実から目を背け、アメリカ軍の説明に納得できないと言いながら具体的な指摘はしない。このような姿勢が知的な見解として称賛されることはないでしょう。

 合理性を根拠に批判できない時点で言論機関としては致命的です。“不安” を理由に妄想を書き綴ることは煽動を行っているだけであることを自覚する必要があるのではないでしょうか。