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「戦後」が終わると困ったことになる勢力が安倍首相の真珠湾訪問を否定する

 安倍首相が現職の総理大臣としては初めてアメリカ大統領とハワイ・真珠湾を訪問しました。おそらく、世論調査では7〜8割ほどが好意的に捉え、否定的な見解を述べるのは多くて2割でしょう。

 しかし、“戦後” が終焉すると困ることになる勢力が「和解」を否定し、「アジアへの謝罪」を求めるという奇妙な主張を続けている実状があります。その代表的な界隈を名指ししておくことにしましょう。

 

1:朝日新聞

 朝日新聞は12月29日付の社説で “真珠湾訪問 「戦後」は終わらない” と書いています。

 「過去への視線が抜け落ちている」と主張していますが、70年以上の視点から何もアップデートされていない方が問題です。過去のことに思いを寄せていれば、不幸な未来が訪れることはないと考えるのはあまりに浅はかなことと言わなければなりません。

 例えば、過去に起きた災害に思いを寄せていれば、将来の災害を防ぐことができるでしょうか。被害の再発を防ぐには、過去に起きたことの原因を分析し、現代で求められる対応策を取り続けることです。

 

 「過去に視線を向けること」だけでは意味がありませんし、「アジアへの謝罪」を日本政府に求めるなら、朝日新聞が率先して自費で行えば良い話です。なぜなら、朝日新聞は先の大戦を煽った張本人だからです。

 日本政府は太平洋戦争の発端となった真珠湾攻撃に対し、安倍首相がオバマ大統領と訪問することで『和解』に達しました。朝日新聞はどのように “ケジメ” を付けるのでしょうか。

 過去への視線が抜け落ちているのは日本政府ではなく、「戦後」が終わると戦争を煽った事実に世間の目が向けられる朝日新聞なのです。自らの過去を反省せず、慰安婦問題などで開き直りを見せている朝日新聞こそ断罪されるべき対象と言えるでしょう。

 

2:中国・韓国

 中国と韓国も「戦後」が終焉すると、困ったことになる国です。

 なぜなら、これらの国は第二次世界大戦後に政府が自国民を虐殺した歴史があり、そこに焦点を当てられてしまうと、国際的に大きな批判を呼ぶ可能性があるからです。そのため、日本の侵略を受けた被害者だと宣伝し続けているのです。

  • 中国が隠蔽したい事件
    • 文化大革命:2000万人超
    • 天安門事件
  • 韓国が隠蔽したい事件
    • 済州島四・三事件:6万人
    • 保導連盟事件:100万人超

 中国にせよ、韓国にせよ、事あるごとに日本に対して謝罪要求を行っています。「和解」をする意図がない訳ですから、配慮する必要すらありません。

 「戦後」が終焉することを嫌う中国では “南京事件” に共産党政権がスポットを当てようとしていますが、まずは自分たちが犯した文化大革命や大躍進政策といった自国民を大量虐殺することになった事件に対する調査・謝罪が最優先でなければなりません。そこを誤魔化すために日本をスケープゴートにしているだけなのです。

 韓国も同じです。自国民を100万人以上虐殺している事実を隠すために日本が極悪人でなければ韓国政府が困るという身勝手なものです。慰安婦問題についても、自分たちが朝鮮戦争で “第五種補給品” として利用していた実態が誤魔化すために朝日新聞のキャンペーンに乗っかったに過ぎません。

 自分たちが自国民に対して行った罪を償っていないどころか、批判を受けないようにするために自国外に “国民共通の敵” を作り出しているのです。これをナショナリズムと批判しないメディアにはジャーナリズムは存在しないと言えるでしょう。

 

3:「戦後」の語り部

 「戦後であれば、戦争は起きない」と考えている人は “戦後” が終焉することを否定的に見解を持つことでしょう。

 『戦後 → 平時 → 不穏な時代 → 戦前 → 戦争』

 上記のようなプロセスで論理を組み立てていると考えられるからです。「“戦後” が続けば、新たな戦争は起きない」とでも考えているのでしょうか。だとしたら、あまりに現実を無視し続けていることになります。

 複数国と同時に戦争することもありますし、戦後すぐに新たな戦争に突入することも十分にあるからです。また、こちらが戦争を望んでいなくても、相手が好戦的で攻め込んで来たことで戦争に突入するというケースを完全に想定していないことは無責任すぎるでしょう。

 

 「70年前の戦争体験」を語り継ぐだけでは平和に直結しません。それを基に対策が講じられて効果を発揮するのですが、“語り部” の役割はそこで終わります。

 集団疎開や食糧難の話を聞き、思いを寄せることは『平和教育』としては重要でしょう。しかし、“高等教育” を受けた人々がしなければならないのは「日本国内に戦火が訪れないようにするためには必要な政策や準備は何か」を考え、実行に移すことであるはずです。

 「戦後」の基準が通用するのは戦争が終わって10年、20年までの話です。20年以上が経過すると、社会環境の基準そのものが根底から変化し、対策そのものを見直す必要が出てくるからです。

 現代基準で『安全保障』を論じることができないから、「過去の反省」という言葉に逃れ、「戦後」という自分たちの論理にとって都合の良い空想的な条件下で “平和の意味” を訴えているだけに過ぎないのです。

 

 「アジアが先、謝罪は不可欠」と主張する人々は鳩山由紀夫・元首相に習い、自らが現地に出向き、謝罪を行い続けると良いでしょう。賠償をするなら、クラウドファンディングで資金を募れば良い話です。

 自らは当事者意識を持たず、日本政府にだけ謝罪・賠償要求をするような人物は単なる差別主義者として批判の対象にする必要があると言えるのではないでしょうか。