日テレ・NEWS ZERO の村尾キャスターの「獣医師不足の挙証責任は政府にある」という主張は完全な誤りである
愛媛県今治市に獣医学部を国家戦略特区で新設することを巡る、「加計学園問題」が報じられています。
日本テレビの NEWS ZERO でキャスターを務める村尾信尚氏は「私達はこの問題で政府が獣医師不足を証明するよう求めてきました」と6月19日での放送でもコメントを述べ、政府の対応を批判していますが、この主張は完全に間違っています。
なぜなら、挙証責任があるのは政府ではなく、文科省だからです。『報道』を名乗る番組であるなら、国家戦略特区のワーキンググループが発表している議事録を読み、正確な内容を報じる必要があるはずです。
実際のプロセス | News ZERO の 誤った認識 |
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国家戦略特区で取られた採用プロセスは上図の左に示されたものです。「すべて受け入れる(accept all)」のプロセスの前に「拒否ルール」が設けられており、“実質上の拒否権” を文科省が持つ形です。
しかし、NEWS ZERO が報じているのは右側のもの。これは「すべてを拒否する(deny all)」のプロセス前に「許可ルール」を設定するというものです。
一見すると同じように見えるプロセスですが、これを意図的に混同していれば悪質極まりない行為です。もし、知らずにやっているのであれば、報道機関として知るべき常識すらないと断言できるでしょう。
"accept all" と "deny all" の違い
あまり世間では知られていない "accept all" と "deny all" ですが、店舗をイメージすると理解しやすくなります。
- 一般的な店舗
- 来店客がブラックリストに入っていれば、入店を拒否
- 1の条件に合致しない客は全員入店できる
→ accept all (すべて許可)
- 会員制の店舗
- 来店客が入店資格を有していれば、入店を許可
- 1の条件に合致しない客は全員入店できない
→ deny all (すべて拒否)
これだけ明確な違いがあるのです。基本的にセキュリティーをしっかりしている場所では "deny all" のルールが適用されています。
「学生証がなければ、入れない大学図書館」や「社員証がないと入れない企業オフィス」などが代表例です。日本テレビも社員証(もしくは入館許可証)がなければ、建物内に外部の人間が入ることはできないはずです。
"accept all" (すべて許可)のルールを使うのであれば、全世界60億人の大部分を拒否するルールを定義しなければならないため、実際に使っている組織はまずないでしょう。
国家戦略特区ワーキンググループの議事録を読めば、 "accept all" で審議されていたことは明確
NEWS ZERO が悲惨なのはワーキンググループの議事録に書かれた内容を理解できていないことでしょう。『報道』を名乗る番組として必要な確認作業すらできていないのです。
以前に言及しましたが、 2015年6月8日に行われたワーキンググループのヒアリングで、文科省は規制継続の根拠となる需要予測を提示することはできなかったのです。
また、同月30日の閣議で文科省は本年度内(2016年3月31日まで)に需要予測を示し、獣医学部設置の可否判断を行うと明記もされていました。つまり、「獣医師が足りている」との需要予測を挙証する責任は文科省にあり、政府が「獣医師が不足している」と示すのではないのです。
やるべき仕事(=獣医師が足りているとの需要予測を示すこと)を期日までにせず、サボっていた文科省の肩を日テレ・NEWS ZERO が持ち、既得権益を守る方に奔走する方が異常なことなのです。
農水省も獣医師の増加に理解を示す中、文科省だけが獣医学部設置反対を貫くことに違和感を覚えない方が不思議でありません。
日テレ・NEWS ZERO は岩盤規制を守りたい玉木雄一郎議員(民進党)に忖度しているのではないか
日本テレビ・NEWS ZERO ですが、番組制作を行っているのは『日テレアックスオン』です。代表取締役会長を務める渡辺弘氏の妻は玉木雄一郎議員の公設秘書である渡辺満子氏。遠戚関係でもある玉木議員に忖度する動機は十分すぎるほどあるのです。
日本獣医師会から100万円の政治献金を受け取った政治家が「獣医学部の新設に断固反対」の立場を示す。
その議員の番組の関係の深い制作会社が作った自称・報道番組が “事実と異なる認可プロセス” を示し、政府の対応を批判する。やっていることは岩盤規制を守ろうとしている既得権益者を代弁していることと同じなのです。
NEWS ZERO の番組制作者と村尾キャスターは国家戦略特区ワーキンググループの議事録を読み、内容を整理するところからやり直すべきでしょう。「ネット上で認識ミスを指摘されることほど『報道』の現場で働く人間として恥ずべきことはない」と自覚する必要があるのではないでしょうか。