残業と年功序列を前提とした報酬体系では労働生産性を向上させたところで賃金アップには直結しない

 「残業時間の上限が規制されると、残業代が最大で年間8兆5000億円減少する」と大和総研が試算結果を発表したと時事通信が報じています。

 賃金アップには労働生産性の向上が欠かせないと結論づけていますが、これは正しいとは言えません。なぜなら、年功序列で報酬体系が決める傾向の強い会社ほど効率性は給与に反映されないからです。

 

 残業時間の上限が月平均で60時間に規制されると、残業代は最大で年8兆5000億円減少する-。大和総研は、政府が掲げる働き方改革で国民の所得が大きく減る可能性があるとの試算をまとめた。個人消費の逆風となりかねないだけに、賃金上昇につながる労働生産性の向上が不可欠となりそうだ。

 

 大和総研がまとめた試算は「日本経済の見通し:2017年8月」(PDF)に記載されています。

画像:大和総研による試算

 月平均で60時間に削減された残業時間が他の労働者や新規労働者に配分されなかった場合、残業代が最大で年8兆5000億円減少する可能性があると試算されているのです。

 とは言え、減った残業代を取り返すことは簡単ではありません。年功序列がベースとなっている企業では管理職手前の働き盛りが最も影響を受けることになるでしょう。

 

1:年功序列型の企業に労働生産性を求める意味がない

 年功序列(=終身雇用)が前提となる企業に労働生産性を求めたところで、大した効果は生まれないでしょう。なぜなら、労働生産性を高める意味がないからです。

年功序列型 成果報酬型
・報酬は勤続年数で決定
・残業すると手取りが増える
→ 生産性を高める意味がない
・報酬は成果で決定
・残業しても手取りは増えない
→ 生産性を高める意味がある

 年功序列型の企業は「社員が残業すること」を前提に基本給を抑えているはずです。そのため、就業時間内で仕事を終わらせる “できる社員” に対する見返りが非常に低くなっているのです。

 その状況下で残業代を抑制することになれば、ますます報われなくなると言えるでしょう。

 

2:労働生産性の向上が賃金に反映される報酬体系が企業に導入されない限り、長時間労働は是正されない

 外野から「労働生産性の向上が必要だ」との声が上がったところで、企業の報酬体系が年功序列のままでは意味がありません。労働生産性より勤続年数が優先される体系では「労働生産性を高めることへの見返りがないこと」を誰よりも従業員が自覚しているからです。

 この状況が変わらない限り、長時間労働は是正されないでしょう。

 長く働ければ、(成果を出していなかったとしても)残業代が支払われるのです。就業時間中はダラダラ仕事をし、残業時間に入ってなら、2〜3時間で仕事を終えて帰宅する。こうしたルーチンワークをしている人が身近にいるのではないでしょうか。

 “逃げ切り世代” に入る正社員は過剰なほどに守られており、その部分が法的に解消されない限り、効率的に働いただけ損をするのです。仕事の速い社員へのしわ寄せがさらに強くなる可能性が高いと言えるでしょう。

 

 労働生産性を向上させることを目的にするなら、それに応じた報酬体系を企業が導入しなければ意味のないことです。もっとも、労働生産性が既に高い水準にある企業は報酬体系が成果で測定されるようになっているのでしょう。

 「働き方改革」を政府が推進するなら、それに適した雇用・報酬体系の構築をする必要があると主張し、長時間労働を是正するための政策をマスコミ側からも提案する必要があると言えるのではないでしょうか。