イスラエル・ネタニヤフ首相、シリア情勢でイランの影響力が拡大したことに懸念を示す

 国連のグテーレス事務総長がイスラエルを訪問した際、ネタニヤフ首相が「シリアでイランの影響力が拡大していること」に懸念を示し、グテーレス事務総長も理解を示したと NHK が伝えています。

 イスラエルにとっては国防を脅かす懸念事項ですが、現状では直接行動に出にくいと言えるでしょう。それだけ以前とは情勢が変わってしまっているからです。

 

 国連のグテーレス事務総長は28日、就任以来初めてイスラエルを訪問し、ネタニヤフ首相と会談して内戦が続くシリア情勢について協議しました。

 イスラエルと国境を接するシリア南西部では先月から停戦が発効し、大規模な戦闘は収まっているものの、イスラエルはこの地域で敵対するイランが勢力を拡大しているとして警戒を強めています。

 会談でネタニヤフ首相は「イランはシリア国内に精密誘導システムを導入した最新型のミサイルを生産する施設も建設している」と述べ、イスラエルの安全が脅かされていると訴えました。

 これに対しグテーレス事務総長は「イスラエルの懸念を理解し、イスラエルを攻撃しようとする考えには断固反対していく」と述べ、国連としても事態を注視する姿勢を示しました。

 

 

1:イスラエルとイランは “犬猿の仲”

 イスラエルとイランの関係は最悪です。イランはイスラエルを国家として認めていませんし、イスラエルは「イランが地下施設で核兵器を作っている」との理由で1981年に一方的な空爆を行ったからです。

 そうした経緯があり、IS(テロ)との戦いにイスラエルが参加することはありませんでした。その結果、イスラエルを取り巻く周辺環境は下図のように変化しました。

画像:イスラエルと周辺国との関係

 これはオバマ政権が外交ミスを連発したことが原因です。最も味方として機能させなければならない「NATO 加盟国のトルコ」を軽視し、トルコにテロ攻撃を仕掛けているクルド系の国際テロ組織『クルド労働者党(PKK)』やイランを重用するという失態をすれば、当然の結果と言えるでしょう。

 それにより、アメリカの影響力がイラクやシリアで低下。ロシアと協力体制にある政権の影響度が強まり、戦況の流れが決まり、混乱が収束する運びとなったのです。

 

2:なぜ、イランがシリア領内で影響力を強められるのか

 先日、シリアの住民60万人が自宅に戻ったニュースを取り上げましたが、そこにヒントがあります。

 シリア情勢は「アレッポなどシリア北部で戦闘が行われている」との印象を持っている人がほとんどでしょう。しかし、実際には南部にある首都ダマスカスに近い地域でもISとの戦闘は起きており、国外(ヨルダンやレバノン)に避難するシリア国民は大勢いるのです。

シリアとその周辺国

 ヨルダンがアサド政権のために動くことは少ないと言えますが、レバノンはあります。レバノンとヨルダンは比較的友好国であり、スンニ派のイスラム過激組織『IS』をシーア派の過激組織『ヒズボラ』が快く思っておらず、レバノン側から支援する動機があるからです。

 当然、シーア派ですから、背後に “シーア派の大国” であるイランの影が見え隠れすることになります。つまり、イランの『革命防衛隊』が支援していたとしても、何の不思議な点はないのです。

 シリアの首都ダマスカス以南の地域に住民が戻る際、「治安維持」を目的にレバノンやイランの息がかかった部隊が展開している可能性があるのです。ただ、どちらの国もシリア・アサド政権とは良好な関係であり、「面と向かって批判する理由」がイスラエルにはないことが “泣き所” と言えるでしょう。

 

3:文句は言えるが、実力行使をするにはリスクが大きすぎる

 「イランがシリア領内でイスラエルを攻撃するためのミサイル生産施設を作っている」とのイスラエルの主張ですが、イスラエルにとっての頭痛の種であることに間違いありません。

 イランはこの疑惑を無視するでしょう。ミサイル生産施設を作っていたとしても、「アサド政権が反政府武装組織と戦うためのもの」と述べれば、イスラエルが施設を爆撃する根拠が失われるからです。

 また、イスラエルが破壊活動に動いたことを掴んだ時点で「イスラエルはイスラム過激派を支援している」、「テロ組織を支援するのか」と批判できるのです。爆撃で損害が出れば、「過激派と戦うための武器をイスラエルが破壊した、我が国の安全を脅かすのはテロ組織とそれを支援するイスラエルだ」と言われると苦しい立場に置かれることは明らかです。

 「大量破壊兵器がある」との理由で始まったイラク戦争も経験した上、ヨーロッパでは “イスラム系の移民” が大量に流入し、ポリコレの嵐が吹き荒れています。この状況下で、イスラエルが1981年にしたような軍事行動に踏み切ることは極めてリスクが高いと言えるでしょう。

 

 イスラエルが現状として採ることのできる最善の政策を実施していることは確かです。

 ただ、直接的な行動に踏み切るための根拠が乏しく、キリスト教の価値観がベースにあるアメリカやヨーロッパでイスラム系の移民による影響で社会情勢が大きく変わっていることを甘く見ていると思わぬツケを払う結果になることが予想されます。

 アラブ諸国から良い心証を抱かれていないイスラエルがどのように振る舞うのかに注目と言えるのではないでしょうか。