旭川医大とNTT東の訴訟は「システム開発におけるユーザー側の “横暴な要求” に対する歯止めとなる判決が確定するか」が最大の焦点だ

 病院情報管理システムの開発をめぐる旭川医科大学と NTT 東日本が争っていた訴訟は札幌高裁で「失敗の全責任はユーザー側にある」との判決が下されたと日経コンピューターが伝えています。

 IT 業界は “ブラックな業界” とのイメージが浸透していますが、原因の1つは「ユーザー側が “過度な要求” を行い、それに対するペナルティーが皆無であること」です。旭川医大は判決を不服として上告しましたが、どういった内容で判決が確定するかが最大の注目点と言えるでしょう。

 

1:問題の時系列

 この問題は「システム開発を依頼したユーザー側」と「受注した企業側」のどちらが義務に違反しているかを争われたものです。

2008年8月 旭川医大が病院情報管理システムの刷新を企画。NTT 東が落札
2009年3月 現場の医師から追加要望が相次ぎ、旭川医大は数百件の追加開発を NTT 東に要望
2009年3月 NTT 東が625項目の追加開発要望を受託。引き換えに仕様変更を凍結し、システム稼働時期を2010年1月に延期することで両者が合意
  その後も仕様変更要望が相次ぎ、NTT 東は2010年1月までにシステムを引き渡せず
2010年4月 旭川医大は「期日までにシステムが納品されなかった」として、NTT 東に契約解除を通告
2010年8月 NTT 東が「不当な受領拒絶で損害を被った」として、約23億円を求めて旭川医大を提訴
2010年11月 旭川医大が「新システム導入失敗による逸失利益」を求め、約19億円を求め、NTT 東を反訴
2016年3月 旭川地裁が「過失割合は NTT 東:8、旭川医大:2」との判決を下す。双方が控訴
2017年8月 札幌高裁が旭川医大の債務不履行のみを認め、賠償金の支払いを命じる判決を下す。旭川医大は上告

 

 最高裁がどのような判断を下すか次第ですが、「受注した企業側」が賠償を命じられると IT 業界のブラック度はさらに上昇することになるでしょう。なぜなら、システム開発の遅れを生じさせた原因はユーザー側にあるからです。

 

2:注文後の変更要求に応じた上、「変更前の期日」を強いられることは理不尽である

 奇妙なことに、IT 業界では世間一般の常識をユーザー側が意図的に無視をしているという事態が頻発しています。それが IT 業界で働く人を消耗させる大きな原因となっているのです。

 一般的な契約は「どういったサービスをいつまでに提供するのか」という形です。求めるサービスの内容を変更するのであれば、期日についても新たに見直されて当然です。しかし、IT 業界ではどういう訳か、ユーザー側がその常識を無視しているのです。

 例えば、車を購入する際、ディーラーから引き渡し日を提示されます。契約後にディーラーとの契約内容(車両サイズやエンジン性能などの機能面)で追加要求を出せば、引き渡し日は当初の予定日より遅れることが当たり前です。

 ところが、IT 業界では内容変更を要求したユーザー側が「当初の予定日に引き渡しが行われなかったため、損害を被った」として裁判を起こしてくるのです。

 しかも、「(いかなる理由があれ、)期日を守れなかった受注企業が悪い」との判決が裁判で出る始末です。これでは損害賠償を避けるために過酷な業務を労働者にさせるしか選択肢が存在せず、IT 業界全体のブラック化を招いているのです。

 

3:「システムの仕様凍結」をした NTT 東が賠償を命じられるのであれば、システム開発は高リスク低リターン

 旭川医大と NTT 東が争っている案件で受注した企業である NTT 東に賠償が命じられるのであれば、システム開発は非常にリスクの高いビジネスと言えるでしょう。なぜなら、訴訟で敗ける可能性が極めて高く、経営的に割に合わなくなるからです。

  • 仕様凍結で合意済
  • システム開発を依頼したユーザー側が変更を要求
    → 「仕様凍結の合意」に反する
  • 結果、“当初の期日” に間に合わず
  • 期日に間に合わなかったとして、受注した企業に賠償責任が発生

 この状況で「プロジェクト失敗の責任はユーザー側にない」と認定されれば、異様なことでしょう。契約を反故にしたユーザー側の責任は問われず、期日に間に合わなかったことを理由に受注した企業の責任だけが問われるのです。

 “ゴネるユーザー側” が得をし、受注した企業で働く労働者が最も泣きを見る結果となるのです。このような問題点が是正される判決で確定するのかに注目する必要があると言えるのではないでしょうか。