文春を発行する文藝春秋・松井清人社長、「図書館は文庫本を貸し出すな」と要求

 週刊文春などを発行している文藝春秋の松井清人社長が「図書館は文庫本を貸し出すな」と要請したと TBS が報じています。

画像:図書館が文庫本を貸し出すことに反対する文藝春秋・松井清人社長

 発言は13日に行われた全国図書館大会というイベントでしたが、現実には予定稿が公表されており、批判が起きている状況でした。出版不況の原因を図書館になすり付ける発言であり、完全な “言いがかり” と言えるでしょう。

 

 文藝春秋の松井清人社長は13日、都内で行われた全国図書館大会で出版業界が主催する分科会のパネラーとして登壇し、図書館での文庫本の貸し出しをやめてほしいと意見を述べました。文芸春秋では文庫が収益の30%強を占めていますが、ここ数年文庫本の売り上げは減少しています。松井社長は、文庫を積極的に貸し出す図書館が増えていることに危機感を抱いているとして、「文庫市場の凋落は死活問題。作家にとっても深刻な事態だ」「本は借りて読むものでは無く買って読むものという常識を育てたい」と訴えました。

 

 様々な事実誤認が含まれた要求と言えるでしょう。

 文庫が売れない理由は図書館ではなく、スマホやタブレットの普及です。図書館は「本を読む習慣・慣習を育む」ことに大きく貢献する施設であり、“健康で文化的な生活” を送る上での基盤なのです。

 「文庫本ぐらい買うべき」という主張こそ、弱者いじめと呼ぶべき放漫な姿勢として非難されるべきものでしょう。

 

1:書籍は読みやすいが、かさ張る上に管理も面倒という難点がある

 書籍は読みやすいという特長があります。デジタル・ネイティブに属する人々は共感できないかもしれませんが、「目が疲れにくい」という利点を評価する声はあるのです。

 しかし、書籍はスペースを取りますし、保管する際には “日焼け” にも注意しなければなりません。また、重さもあるため、転勤族になってしまえば書籍の購買は敬遠しがちになるでしょう。

 文庫本は「一般書籍の廉価版」という位置づけですので、一般書籍よりは安価です。しかし、自由に使えるお金が少ない人にとっては廉価版の値段でも痛いのです。

 1度しか読まないのであれば、図書館で借りるか、中古書籍を買えば十分です。出版社の利益のために割高な書籍の購入を強制される状況の方がおかしいことであり、その体勢を維持しようとする姿勢こそ “しがらみ” なのです。

 

2:文庫本で売れているのは一部の人気作家だけである

 文庫本の販売額は2014年から急激に悪化しています。ただ、販売額が落ち込みに転じたのは2012年のことで、『電子書籍元年』とも言われている時期です。

画像:文庫本の販売額(全国出版協会より)

 全国出版協会』が発表した文庫本の推定販売額は上図のものです。また、次のようにコメントも記載しています。

 90年代後半以降、書籍全体の売上げが逓減する中、文庫本も低落傾向にある。消費税増税となった2014年には店頭の販売状況が急激に悪化し、販売金額は前年比7.6%減と過去最大のマイナス幅を記録。東野圭吾、湊かなえ、佐伯泰英など定番の人気作家作品に売れ行きは集中し、既刊の落ち込みは危機的な状況と言える。

 2014年以降、3年連続で年率 -6% を記録していれば、危機感を覚えることでしょう。文藝春秋は文庫本部門が収益の 30% と主張しているのですから、収益が年々減少していることを意味しています。

 それを抑えるために、「図書館は文庫本を扱うな、文庫本ぐらい買え」と要求しているのです。

 

3:電子書籍分野の伸びは見落とせない

 文藝春秋の松井社長は『電子出版』に乗り気ではないのでしょう。なぜなら、商品が既存の流通経路を通らずに読者の手元に届くことになるのです。“通行料” で収益をあげていた出版社は苦しい立場になることは明確だからです。

 『電子出版』は漫画が大黒柱(1460億円)で、電子書籍は258億円と記載されています。

 電子書籍の伸びは 10% 強。電子書籍自体が「文庫本の電子版」という位置づけであれば、生き残りに成功する出版社も出てくるはずです。この分野にどれだけ力を入れ、プラットフォームを構築する側に回れるかが鍵と言えるでしょう。

 「書籍は儲からない、文庫本になれば回収できる」と説明されていた時期もありましたが、流行り廃りのスピードが段違いに上がった現代ではロングセラーになることが珍しいのです。そのため、ビジネスの根本部分から再構築することが求められているのです。

 

4:2013年の時点で「電子書籍の利用」を真剣に考えている小平市の姿勢を見習うべき

 「図書館における電子書籍の利用」ですが、これは2013年の時点で東京の小平市がレポート(PDF)を公開しています。ここで報告されている内容に目を通した上で、出版社は電子書籍に対する取り組みを策定すべきです。

  • 国会図書館のデジタル化データを活用すべき
    → 一般的な公共図書館とは蔵書数が比較にならないため
  • 障害者向け電子書籍は紙の書籍より付加価値が高い
    → 誰にでも開かれた図書館として積極的に導入すべき
  • 地域資料の電子化
    → 独自色を出せる、また権利者から電子化を依頼される場合もあるため検討すべき
  • 電子書籍のみで出版されている場合もある

 『障害者向け電子書籍』は『紙の書籍』よりも柔軟度が高く、応用が効くという点をどう捉えるかでしょう。文庫本のような『紙の書籍』を買う人ばかりではないからです。

 再販価格を設定されるなどの特権が電子化により土台が揺らいでいる状況と言えるでしょう。その責任を「図書館が文庫本を貸し出すこと」にするのは問題と言えるのではないでしょうか。