「企業の現預金が過去最多になった」と報じた朝日新聞がひた隠しにする『現預金以上に増加している項目』

 朝日新聞が11月12日付の記事で「企業の抱える現金と預金が過去最高に膨れ上がった」と報じています。

 この指摘自体は正しいものですが、見落とされている項目があることは言及する必要があるでしょう。なぜなら、『現金・預金』より『絶対額も伸び率も多い項目』が存在しているからです。

 

 企業が抱える現金と預金が、2016年度末に211兆円と過去最高にふくれあがっている。アベノミクス前(11年度末)と比べ3割(48兆円)増えた。人件費はほぼ横ばいで、企業の空前の利益が働き手に回らない構図が鮮明となった。

 (中略)

 巨額のもうけは賃金や設備投資増に回らず、現預金などに向かっている。90年代の金融危機や08年のリーマン・ショックを経て、企業経営者は消極的になり、国内で正社員を増やしたり、設備投資をしたりするのを手控えるようになった。

 

 データは財務省の『法人企業統計』です。2016年度の詳細な数値はまだネット上で公開されていませんが、2015年度(平成27年度)版までは公開済みです。

 朝日新聞が記事にしているように、『現金・預金』は伸びています。しかし、それ以上に伸びている項目が存在していることに触れていない記事は問題があると言えるでしょう。

 

1:『現金・預金』よりも伸びている『投資有価証券』

 企業資産の1つである『現金・預金』ですが、それよりも『投資有価証券』の項目の方が大きく伸びているのです。

表1:資産・負債及び純資産の状況(単位:億円)
  現金・預金
(流動資産)
投資有価証券
(固定資産)
総資産
平成18年度
(2006年)
1,471,060
(10.9%)
1,796,695
(13.3%)
13,902,474
平成19年度 1,353,663 1,504,124 13,537,990
平成20年度 1,431,001 1,928,666 14,027,629
平成21年度 1,574,506 2,019,592 14,373,153
平成22年度 1,649,539 2,118,200 14,460,336
平成23年度 1,629,002 2,242,326 14,706,580
平成24年度 1,683,240 2,361,957 14,371,432
平成25年度 1,744,416 2,582,202 15,273,391
平成26年度 1,858,638 2,692,628 15,685,413
平成27年度
(2015年)
1,999,634
(12.6%)
2,689,538
(16.9%)
15,924,103

 『現金・預金』は2006年に147兆1060億円だったのが、2015年には199兆9634億円にまで伸びています。絶対値にして50兆円超が増えたことになります。

 しかし、別の項目に目を向けると興味深いことが浮き彫りとなります。それは『投資有価証券』です。2006年に179兆6695億円だったのが、2015年には268兆9538億円にまで伸びているのです。絶対額では約90兆円も増えており、こちらを取り上げる必要もあると言えるでしょう。

 

2:『投資有価証券』とは

 『現金・預金』よりも大きく伸びた『投資有価証券』ですが、固定資産に分類される項目です。

 流動資産にも『有価証券』という似た項目があり、こちらは「投資目的での保有」という意味で分類されています。それに対し、『投資有価証券』は「長期保有債券、子会社・関連会社の株式保有」など長期所有目的の場合に分類されるものです。

 ただ、「投資目的」か「長期保有目的」かを決めるのは企業であることを知っておく必要があると言えるでしょう。

画像:朝日新聞社の事業図

 例えば、朝日新聞は上手のように多数の関連会社を保有しています。子会社をコントロールするには株式を抑えることが必須であり、それらに費やした費用は『投資有価証券』という形で増加することになるのです。

 

3:正社員は解雇できないが、「子会社を売却」すれば正社員を切ることは可能

 企業が国内で正社員を増やそうとしないのは「正社員を解雇することが不可能だから」です。

 市場のニーズが変わったことに対応できない正社員はその時点で “不良債権” に化けるのです。合理的な判断ができる経営者ほど、必要最低限の正社員だけを確保する方針を固めることでしょう。

 ただ、正社員を子会社に出向(=転籍)させれば、企業本体に残る正社員の数を減らすことは可能です。そして、『子会社との資本関係』を清算すれば、「正社員を解雇」したことと同じ効果を企業は得ることができるのです。

 大企業が関連会社の株を保有するにはそのような理由があるのです。もちろん、朝日新聞もその1つです。「従業員に還元していない」という主張を展開していますが、本業とは関係ない部門を別会社化することで得た利益をどう還元するかは少し論点がズレていると言えるでしょう。

 

4:証券会社に忖度して『投資有価証券』が増えたことを指摘しない朝日新聞

 朝日新聞は「『投資有価証券』が増え続けていること」を指摘しない理由は何なのでしょうか。

 記事を書いた大日向寛文記者(朝日新聞)は “三菱UFJリサーチ&コンサルティング” が発表したレポートを鵜呑みにしたのであれば、能力不足と批判されて当然です。証券会社は「企業が現金・預金で資産を持つこと」より、「有価証券や投資有価証券に回すこと」の方が手数料を多く稼ぐことができます。

 つまり、ある種の “提灯レポート” なのです。それを指摘せず、「企業の現金・預金が過去最高になった」と書くのは悪質な記事と言えるでしょう。

 現金・預金をある程度の資産として持ち、低金利で金融機関が「借りて欲しい」と切望する中で企業の設備投資がそれほど進んでいないのです。“ミスマッチ” が起きている可能性を探り、報道することが先決であるはずです。

 

 企業の儲けが『投資有価証券』に回れば、従業員には還元されていないのです。子会社化となれば、賃金や福利厚生は本社の水準を下回ることになるでしょう。

 企業(=本社)の収益は改善しますが、子会社や関連会社などで働くことになった従業員にはマイナスの方が大きくなることが予想されるのです。

 まずは朝日新聞が「子会社や関連会社を廃止し、グループすべての従業員を本社の正社員として面倒を見ること」で規範を示すべきと言えるのではないでしょうか。