テレビ朝日、「財務次官のセクハラ問題で自社の社員に対する処分は科さない」と社長が明言

 財務次官のセクハラ問題で当事者企業であるテレビ朝日の角南源五社長が定例記者会見を行い、「(財務次官のセクハラ問題での)社内処分はない」と発表したとスポニチが報じています。

 テレ朝の内部では『セクハラ問題』と『情報漏洩』の2点が起きていました。両方の件に対し「お咎めなし」とした訳ですから、マスコミには自浄作用はないと言えるでしょう。

 

 テレビ朝日の角南源五社長(61)が29日、東京・六本木の同局で定例会見を行い、財務省事務次官を辞任した福田淳一氏(58)から同局の女性記者がセクハラを受けたとされる問題で、社内処分はないとした。

 (中略)

 上司はセクハラ事案を社内で情報提供することについて十分に考えが及んでいなかったもので、セクハラの事実を隠ぺいする意図はなかったこと、上司本人も情報共有できなかったことを反省していることを、総合的に考慮して、当社の就業規則に基づく処分は行うまでもないと判断致しました。

 当該社員については、公益目的からセクハラの被害を訴えるもので、週刊誌に提供した音声データに含まれていた取材内容はセクハラ行為が取材中に行われたことと示すために必要な範囲に限られていた。本人も反省していることとした

 処分を下せば、「自社でセクハラや情報漏洩があった」と認めることになってしまします。プライドの高いマスコミには到底耐えられないことですから、「お咎めなし」とすることで幕引きを図ったのでしょう。

 

セクハラ上司は「隠蔽の意図はない」との理由で処分を免れる

 上司が「セクハラを隠蔽する意図はなかった」という説明は論点がズレています。この上司の責任が問われているのは「セクハラ相談の隠蔽」ではなく、「セクハラを受ける恐れのある取材先に業務命令で女性記者を行かせたこと」です。

 4月の定例会見において、角南社長は「当該社員は上司と相談の上、次官への取材を控えていた」と発言しました。

 セクハラの相談を受けた上司は「配置転換」ではなく、「取材自粛」という判断を下しました。この判断は妥当なものです。しかし、NHK が報じた『森友文書』のコメント取りに “取材自粛中の当該女性記者” を向かわせたのです。

 この上司の判断によって、当該社員は(テレ朝の基準で)セクハラ問題の被害者になったのですから、処分は不可避と言えるでしょう。

 「森友文書に関する財務次官のコメント」を得るために「女性記者がセクハラに遭うリスク」を賭けたのです。賭けに敗けた訳ですから、その責任を上司は問われなければならないことなのです。

 

「公益目的」と強弁すれば、不適切な通報先でも不問というテレビ朝日の姿勢

 次の当該女性記者が週刊誌に録音データを売り渡した件ですが、「公益目的」を理由にテレビ朝日は処分を見送りました。

 この対応も大きな問題です。なぜなら、セクハラ問題での公益通報先は『週刊誌』ではなく、『都道府県労働局』だからです。

 当該女性記者の件では「週刊新潮」ではなく、「東京労働局」が公益通報先です。この事実を隠蔽し、取材情報の漏洩というマスコミ関係者としてあり得ない行為に手を染めたことを容認するテレビ朝日の姿勢は厳しい批判にさらされるべきものと言えるでしょう。

 マスコミ不信が広まる背景には、世間一般に求められる当たり前のプロセスをマスコミが無視しているからです。

 私企業である以上、他業種の企業と同じ労働基準が適用されていなければなりません。それを無視して、自分勝手に振る舞うから反感が起きているのです。

 

 少なくとも、テレビ朝日には #MeToo で他者の行為を批判する資格はありません。また、情報漏洩事件に対して高説を述べる資格もありません。

 身内の不祥事に対しては大甘な対処をする自称・報道機関に「政権を監視する」など不可能でしょう。まずは自社が溜め込んだ膿を出し尽くし、外部に「不祥事における対応の手本」を示すことができなければ、論説内容が説得力を持つことなどないと自覚する必要があると言えるのではないでしょうか。