ジャマル・カショギ氏失踪事件、「制裁にはより大きな報復」と脅すサウジアラビアに対するリベラル派の出方が注目点だ

 ワシントン・ポストに寄稿していたサウジアラビア人のジャマル・カショギ氏がトルコ・イスタンブールのサウジアラビア大使館から失踪した事件で、サウジアラビア政府が「制裁には報復する」と示唆していると AFP 通信が報じています。

 注目点は「リベラル派が失踪事件にどのような見解を表明するか」でしょう。制裁や報復は『経済問題』ですが、失踪事件は『人権問題』の範疇だからです。

 

 サウジアラビア政府を批判してきた著名ジャーナリストがトルコで失踪した問題で、サウジアラビア政府は14日、制裁を科されれば「より大きな行動」で対抗すると警告した。原油の輸出制限などが選択肢に挙げられている。

 (中略)

 サウジ資本の衛星テレビ局アルアラビーヤ(Al-Arabiya)によると、サウジ政府には制裁への対抗措置が「30以上」あり、それには原油・武器の販売、サウジ政府・米政府間の情報交換などの制限や、地域最大のライバル国イランとの和解などが含まれる。

 サウジアラビアが強気に出れる理由は「石油」という資源の大部分を抑えていることと、中東地域に顔が効く「強国」という2点です。つまり、現実的に切ることができる『報復のカード』は豊富にあるため、下手に動くと “しっぺ返し” を受ける可能性に留意する必要があると言えるでしょう。

 

失踪事件という『人権問題』にリベラル派がどのような反応を示すのかが注目点

 発端は「ジャーナリストの失踪」なのですから、リベラル派が日頃から熱心に取り組んでいる『人権問題』です。“真相解明まで事件を追い続ける執念” を見せることが求められているのです。

 シャルリー・エブド襲撃事件では『私はシャルリー』と掲げて連帯を示す人が数多く見られました。今回の件においても、リベラル派は『私はジャマル』や『私はカショギ』と掲げる人々が欧米社会などで数多く現れることでしょう。

 それが社会運動となれば、サウジアラビアへの経済制裁が現実味を帯びることになるのです。

 もし、報復を受けない安全圏にいるメディアが口先だけの批判をするだけではサウジアラビアは痛くもかゆくもありません。国連人権理事会の理事をサウジアラビアは務めているのですから、国家だけが批判の矛先ではないという認識を持つ必要があります。

 

『国家による失踪事件』が許せないなら、『北朝鮮の拉致問題』にも同じ姿勢で臨むべき

 ジャマル・カショギ氏の失踪事件はサウジアラビアが国家として関与しているでしょう。国家が『人権問題』を引き起こしたのです。

 つまり、サウジアラビアが起こしたであろう “ジャーナリスト失踪事件” に憤慨するのであれば、北朝鮮による “拉致問題” にも同様かそれ以上に憤慨しなければなりません。そうでなければ、ダブル・スタンダードになってしまうからです。

 同じ基準でサウジアラビアと北朝鮮を日本の自称リベラルは批判することができるでしょうか。

 おそらく、どちらも厳しく批判することはないでしょう。失踪したのが「記者」ですので、「言論の自由を帯屋かされている」と主張し、自分たちがフェイクニュースを流したことを咎められない理由として利用することが “関の山” と言えるでしょう。

 

『人権問題』を理由にサウジアラビアに経済制裁を科すなら、かなりの “返り血” を浴びる覚悟が必須

 もし、失踪事件を理由にサウジアラビアに対する経済制裁を科すのであれば、相当の覚悟が必要です。なぜなら、サウジアラビア側が持つ『報復』のカードが世界経済に与える威力がかなり強大だからです。

  1. 原油の減産
    → 原油価格が上昇し、世界経済が停滞する
  2. 政府間の情報交換の制限
    → イスラム過激派の情報入手が困難になる
  3. イランとの和解
    → サウジが購入したアメリカ製の武器がイランに流出

 最も厄介な報復のカードは『イランとの和解』です。なぜなら、「我々、イスラム教徒の敵はキリスト教の価値観を押し付ける欧米諸国だ」とのポピュリズムを煽ることができるからです。

 しかも、サウジアラビアがこれまでアメリカなどから購入してきた武器がイランに渡ります。イランはイスラエルに “借り” があるのですから、「渡りに船」とばかりにサウジから得た武器を使って報復に出る可能性は否定できない状況にあるのです。

 「原油の減産」が世界経済に与える影響は細かく説明する必要はないでしょう。エネルギー資源の調達コストが上昇するのですから、経済が落ち込むことになり、選挙による審判がある政治家にとっては頭痛の種だからです。

 

 ジャマル・カショギ氏の失踪事件は『人権問題』ですが、『経済問題』にも飛び火することでしょう。そのことを認識した上で批判をしなければ、思わぬ大火傷をしてしまうリスクがあります。

 とは言え、『経済問題』に絡めた批判をしなければ、「報復」の直撃弾を受けることはありません。リベラル派がサウジアラビアに対し、誰がどのようなスタンスで批判するのかが注目点だと言えるのではないでしょうか。