マクロン政権が窮地、燃料税の引き上げを始めとする改革全体に反発が強まり暴動にまで発展する

 日経新聞によりますと、12月1日にフランス各地でマクロン政権に反対するデモ活動が行われ、130人以上が死傷する事態になっているとのことです。

 発端はマクロン大統領が主導した「燃料税の引き上げ」に労働者が反対デモを行ったことです。この抗議活動が “他のマクロン改革” にも飛び火し、大規模なデモ活動となり、暴動にまで発展したと言えるでしょう。

 合理的に見えたマクロン改革は「どこで “読み” を間違えたのか」を確認しておく意味はあるはずです。

 

 フランスのマクロン大統領が、2017年の就任以来最大の危機を迎えている。マクロン氏に反発する1日の仏各地のデモで、南仏で1人が死亡、パリで130人以上が重軽傷を負った。デモは3週末連続で、収束の気配はみえない。企業の投資判断などにも影を落とすおそれがあり、仏政府は非常事態宣言を約1年ぶりに発令する検討を始めた。

 フランスの BVA が通信会社オレンジからの依頼を受けて2018年11月下旬に実施した世論調査で、マクロン大統領の支持率は 26%。不人気の代名詞だったオランド前大統領の数字(= 29%)をも下回る最悪の支持率となっています。

画像:フランス・マクロン大統領の支持率の推移

 2018年6月までは支持率 40% を保っていたのですが、7月に 30% 台に落ち込むと歯止めが効かず、毎月 2〜3% のペースで下がり続けている状況です。これは改革政策の実行方法に問題があると言わざるを得ないでしょう。

 

“庶民の生活費” を値上げしたことで、労働者を敵に回したマクロン政権

 マクロン大統領は就任から1年半が経過するのですが、改革路線を掲げ、以下の内容を実施してきました。

  • 財政再建:
    • 先進国の中で特に多い公務員を削減(12万人)
  • 企業活動の活性化:
    • 法人税法率の引き下げ(33% → 25%、段階的)
    • 従業員の解雇時に企業が支払う罰金への上限設置
  • 環境保護:
    • 燃料税(= 炭素税)の引き上げ
  • その他:
    • 社会保障の増税
    • たばこの値上げ

 「日本で実行すれば大きなプラス効果が見込める政策がある」というものが特徴です。ただ、フランスで実行すると、マイナス面が大きく出てしまうという問題があるものばかりです。

 特に、これらの政策を実行されても、一般庶民が「改革による恩恵を受けた」と実感できる根拠に乏しいことが致命的と言わざるを得ないでしょう。

 

「温暖化対策のため、フランス国民が燃料税の増加分を負担すべき」は悪手

 パリ協定を締結した手前、フランスが温暖化対策を反故にすることはできないでしょう。そのため、マクロン大統領は「燃料税の引き上げは不可欠」との理解を求めたのでしょう。

 マクロン大統領は27日、パリで行った演説の中で、国民の怒りに一定の理解を示したうえで、「政策の方向性は正しく、必要なものであり、方針を変えるべきではない」と述べ、地球温暖化対策のためには燃料税の引き上げは不可欠だと理解を求めました。

 ただ、負担を求める相手が最悪です。なぜなら、ガソリンを始めとする化石燃料の代替エネルギー源を確保することができていないからです。

 この状態で燃料税を引き上げてしまうと、負担だけが増すことになります。原発大国であるフランスは国外に輸出する電力の価格をわずかに値上げするだけで『燃料税の引き上げ分』による税収を確保できるのですから、順番を間違えたと言わざるを得ないでしょう。

 

「若者の雇用率を引き上げるために解雇規制を緩和する」という政策は EU 加盟国では使えない

 一部の有識者はマクロン大統領の改革方針を「合理的」との評価を下しているでしょう。特に、解雇規制の緩和することで、若者の雇用率が引き上げることが可能になると考えられるためです。

 これは日本では「解雇規制の緩和で若い世代の雇用率が上がる」と高い確率で期待できますが、フランスでは難しいでしょう。EU 加盟国であるフランスは日本の置かれている状況とは根本的に異なっているからです。

  • 日本で解雇規制を緩和した場合:
    • 解雇の主な対象者:中高年の “お荷物” 正社員
    • 代わりに雇用される者:日本語を話せる若者(≒ 日本人)
    • 企業の国外移転:低(日本語と関税が障壁になる)
  • フランスで解雇規制を緩和した場合:
    • 解雇の主な対象者:中高年の “お荷物” 正社員
    • 代わりに雇用される者:フランス語を話せる若者(≠ フランス人)
    • 企業の国外移転:高(EU 域内なら無関税)

 日本の場合は解雇規制が緩和されて困るのは “お荷物” と化している中高年の正社員だけでしょう。彼らの代わりに雇用されるのは「日本語を話せる若者」となる可能性が高く、それは言語・風習的な理由で “日本人の若者” が大半を占めるはずです。

 一方でフランスの場合は別です。フランス語はフランス以外でも話される言語であり、ヨーロッパの言語は類似性があるため、似た母国語を持つ EU 市民なら習得することはそれほど問題はありません。つまり、言語による参入障壁がないのです。

 また、EU 域内は無関税であり、フランス国内の工場を維持する必要性はありません。“EU の中で企業の利益が最大化する国や地域” に製造拠点を移転することが企業にとっての正しい選択だからです。

 

 「フランス国内の工場で働く従業員を解雇し、(経済状況の苦しいフランスの)隣国スペインに工場を立てて、企業の利益を最大化する」という経営判断をされれば、泣きを見るのはフランス人労働者です。

 EU という同じの価値観に基づく共同体による “弊害” を甘く見ていたことがマクロン政権の苦境の原因と言えるでしょう。中国や韓国という隣国を持つ日本とはこの点が根本的に異なっているのです。

 EU のような共同体に属している場合、自国のみでは「合理的」に見える政策が実際には「自国民にとって仇となる」ケースがあることを知っておく必要があります。マクロン大統領の苦境も、このことが大きな原因と言えるのではないでしょうか。