「シンガポール政府が F1 開催コストの6割を負担」という現実を無視し、『山下埠頭での F1 開催』で皮算用する “ハマのドン”

 カジノを含む統合型リゾート施設(= IR)の誘致を正式に表明した横浜市の林市長に対し、横浜港湾協会が「(IR 予定地の)山下埠頭での F1 開催を含めた『ハーバーリゾート計画』の方が潤うから賛同すべき」と主張し、フライデーが好意的に取り上げています。

 シンガポールを参考例に持ち出していますが、これは完全な皮算用です。なぜなら、F1 シンガポール・グランプリの主催者は政府から開催コストの6割を補填されているからです。

 主催者が開催コストを上回る収益を出せていないのです。この状況でも『山下埠頭での F1 開催』が持ち出される理由は「IR に参入できない港湾関係者が『ハーバーリゾート』なら利権を守れる」という “事情” があると見ておく必要があるでしょう。

 

 横浜港運協会常務理事の水上裕之氏。“ハマのドン”こと藤木幸夫氏(89)の側近で、山下埠頭の有効活用に関わる業務の一切を任されている人物だ。

 8月22日、横浜市へのカジノ誘致を正式表明した林文子市長に対し、ドンが仰天プランを打ち出した。山下埠頭でF1を開催しよう、というのだ。夢物語のように聞こえるが、前出の水上氏は、計画は極めて具体的に進んでいると胸を張る。

 (中略)

 「国際自動車連盟の幹部によれば、首都圏の横浜でF1をやれば、一開催につき700億円の売り上げが見込めるそうです。同じ市街地コースであるシンガポールが450億円ですから、彼らがどれだけ山下埠頭に魅力を感じているかがわかります。横浜市が許可さえ出せば、私たちなら3年以内に必ずF1開催を実現できる。カジノなんか作らなくても、横浜を世界に誇る観光都市にできるんです」

 

F1 のコースを認定するのは FIA だが、開催の決定権を持つのはリバティ・メディア

 横浜港湾協会は国際自動車連盟(= FIA)からの “お墨付き” を誇らしく宣伝していますが、やや的外れです。FIA が管轄するのは「F1 の技術面」であり、商業権を持つのはリバティ・メディアという別組織だからです。

 まず、F1 を開催するのはサーキットが必要です。横浜港湾協会は「山下埠頭の市街地サーキット」を会場に考えているようですが、これを実現するのは「FIA から『グレード1』の認証を得ること」が必須です。

 なぜなら、FIA から『グレード1』に認定されたサーキットでなければ F1 を開催できないからです。

 「F1 を開催したい」という都市からのオファーがあれば、FIA はサーキットコースの確認作業を始めるでしょう。横浜港湾協会が主体となったプロジェクトでも同様です。

 ただ、『グレード1』の認証を得たとしても、F1 を開催できる保証はありません。これは「『グレード1』のサーキット数」が「F1 の開催サーキット数」を大きく上回っているからです。

 したがって、F1 の興行を取り仕切るリバティ・メディアとの間で「グランプリを開催する契約」を結ぶことができるかが最大のハードルとなるのです。

 

シンガポール GP の主催者は大会費用の6割を政府からの援助に頼っている

 横浜だけでなく、大阪も『F1 開催』に興味を示しています。その理由になっているのは「シンガポールで収益が出ている」と思っているからでしょう。

 しかし、この認識が根本的に間違っています。なぜなら、シンガポール GP が新たに4年間の開催契約を締結した2017年にイスワラン貿易産業相が次のように述べたと『ストレーツ・タイムズ』が報じているからです。

 Mr Iswaran revealed that including this year's race, Singapore had hosted over 450,000 international visitors, who had contributed about $1.4 billion in incremental tourism receipts.

 The cost of hosting the race around the Marina Bay Street Circuit was estimated to cost around $150 million each year, although Mr Iswaran said costs had come down by about $15 million a year to $135 million.

 "This is noteworthy especially as operational costs, in general, have continued to rise over the past 10 years," the minister added.

 The Government will continue to commit 60 per cent and organiser Singapore GP will still foot the rest.

  • 今年(= 2017年)のレースでは45万人の外国人観光客が訪れ、14億シンガポールドルの観光収入に貢献
  • マリーナベイ・サーキットの開催コストは1億3500万シンガポールドル(約111億円)に下がった
    → 過去10年で開催コストは上昇傾向にある中で画期的
  • 政府は費用の 60% を引き続き負担する

 シンガポールは都市国家ですから、観光収入を国が税金という形で回収することは可能です。だから、政府が F1 開催のコストの6割も負担したとしても、問題はないのです。

 一方、日本で『市街地コースでの F1 開催』を考えているケースは「良くて地方自治体」です。税金による回収ができない F1 のグランプリ主催者が「黒字」で終えることは不可能と言わざるを得ないでしょう。

 

グランプリ主催者の収入源は「チケット収入だけ」の状況

 GP 主催者が赤字になる理由は収益源が限定されているからです。

  • チケット代: サーキットや GP 主催者の取り分
  • スポンサー広告: F1 の公式パートナー・サプライヤーのみ可
  • 放映権: F1 が一括して有料放送事業者に販売

 スポーツ・ビジネスで主要な収入源になるのは「チケット代・スポンサー収入・放映権」の3つです。ただ、(サーキットを用意する)グランプリ主催者の収入になるのはチケット代だけで、他は F1 を運営するリバティ・メディアの取り分です。

 つまり、チケット収入だけで100億円超を記録できなければ、主催者は赤字になってしまうことが濃厚なのです。「平均3万円のチケットを35万人に販売すること」が黒字化のノルマになるため、これがどれだけ厳しいかをシビアに認識する必要があると言えるでしょう。

 

 F1 は「1国1開催」が原則で、年に1度だけです。したがって、「F1 が行われていない期間中にも稼げること」が絶対条件であり、横浜港湾協会が示す『ハーバーリゾート計画』に採算性があるならビジネスとしてプロジェクトが立ち上がっていることでしょう。

 それが皆無に近い状況なのですから、実態は港湾の利権保持者が横浜市の資金で “自分たちの利権” が維持される再開発のために F1 を持ち出しているだけと言えるのではないでしょうか。