量的緩和政策に「NO」を示したドイツに EU が「(イギリスの離脱要因となった) EU 法は国内法に優先する」との論理を振りかざす

 新型コロナウイルスの感染拡大による経済の落ち込みを最小限にするための取り組みが各国で進行しつつあります。

 その中でドイツの連邦憲法裁判所が「欧州中央銀行の量的緩和政策は一部違憲」との判断を示したことに対し、欧州委員会が「EU 法は国内法よりも優先されるもの」と真っ向から対立する意見表明をする事態となっています。

 イギリスが EU から離脱する要因となったのは「ブリュッセルでイギリスの国内政策が決められてしまうこと」だったのですが、今回は問題の矛先がドイツに向いたと言えるでしょう。

 

発端はドイツ連邦憲法裁判所が下した違憲判決

 問題の発端は現地5月5日にドイツの連邦憲法裁判所が下した判決です。

 ECBの量的緩和政策では、各国の中央銀行がそれぞれの国債の買い入れを担っている。今回の判決でECBの量的緩和政策全体がただちに中止に追い込まれることはないが、政策決定や進め方について強い警告が示されたといえる。

 すでに購入した資産についても、ユーロ圏内で足並みをあわせたうえで、時間をかけて売却を進めていくように求めた。判決は従来型の量的緩和政策に対するもので、ECBが新型コロナ対策として3月に決定した7500億ユーロの特別枠は対象としていない。

 前提条件として、ドイツは『債務ブレーキ』と言われる財政均衡を憲法(=連邦基本法)で定めています

  1. 連邦政府および州政府の財政収支を原則として均衡化する
  2. 連邦政府は『財政収支対 GDP』の比率を -0.35% までに抑える

 量的緩和は「中央銀行が財政赤字を穴埋めする財政ファイナンス」に該当する懸念があり、これが連邦憲法裁判所への提訴理由になっていました。

 ドイツ経済が破綻する要因を排除するための規定ですから、裁判所が憲法に基づく形で下した判決は妥当と言えるでしょう。

 

ドイツが EU の決定事項に従わなかったことに欧州委員会は反発

 ドイツで下された決断に対し、欧州委員会は反発しています。

 欧州委員会は、EUの金融政策は専権事項であること、EU法は国内法に優先すること、そして、EU司法裁判所の判決は全EU加盟国の国内裁判所で拘束力を持つこと、という3つの基本原則を維持する。

 EU法に関する最終的な判断は、常に(EU司法裁判所の所在地である)ルクセンブルクで示されるのであり、それ以外の場所ではない。

 要するに、「EU 法は加盟国の国内法より優先する」との姿勢を(改めて)鮮明しているのです。これはイギリスで『EU 離脱』が活発になった大きな要因です。

 EU が “勝手に決めた政策” を加盟国に押し付けてくるのですから、どこかで反発が起きるのは当然でしょう。

 今回は EU がドイツに「財政規律を無視せよ」と命じたことで対立が生じることになりました。そのため、板挟みになったドイツの出方が重要と言えるでしょう。

 

「主権を EU に渡す」か否かをドイツは問われている

 ドイツは連邦基本法(=憲法)で財政均衡を定めているため、EU (≒ ECB, 欧州中央銀行)の決定を満たせない状況になっています。そのため、厳しい二者択一を迫られていると言わざるを得ません。

  1. 連邦基本法を優先
    • 国債発行の限度額を遵守
    • 経済的に厳しい状況に置かれる可能性が大
  2. EU 法を優先
    • 中央銀行が国債の割り当て分を吸収
    • ドイツの主権が EU に移ることを意味

 「『EU 法』が『加盟各国の憲法』よりも優先される」と定めたことで統合は進みやすくなりますが、一方で加盟国の独自性は失われます

 『EU 離脱』によって自決権を採ったイギリスに対し、同じ立場に置かれたドイツがどう動くかが注目点になるでしょう。

 

 経済が落ち込んだ際には量的緩和政策など財政出動は効果的です。ただ、そのためには平時に財政均衡の責務を課すことで健全な状態を維持することが前提です。

 日本のように赤字国債を乱発する手法を事前に制限しているドイツの手法は適切と言えるのではないでしょうか。