無利子奨学金は成績が極めて優秀な生徒に限定すべきである

 読売新聞によりますと、文科省は大学進学者への無利子奨学金について世帯収入と成績基準を満たす希望者全員に貸与する方針を固めたとのことです。

 この政策は大学への資金援助という “副作用” が生じる可能性があるため、成績によって奨学金を出す基準を厳しく設け、運用する必要があると言えるでしょう。

 

 文部科学省は2017年度から、大学進学者などへの無利子奨学金について、世帯年収や成績の基準を満たした希望者全員に貸与する方針を固めた。

 対象となる約49万9000人分の財源として、17年度予算の概算要求で3378億円(前年度比156億円増)を要求する。

 無利子奨学金を受けるためには、基準となる世帯年収を下回ることや、高校の成績が5段階評定で平均3・5以上あることが条件となる。

 

 優秀な人材を育成するという点で、世帯年収が足かせになるようなことは起きてはならないことです。ですが、家計が苦しいという理由だけで給付型奨学金が付与されることは本末転倒と言えるでしょう。

 「貧困を抜け出すには教育が必要」と主張する人もいると思われます。しかし、成績が良くない学生であっても、家計が苦しいという理由だけで給付型奨学金を認めてしまうと、無駄な支出が増えるだけになることが予想されます。

 例えば、オリンピックの代表となる選手にはJOCから強化費が支給されています。金額は選手の期待度に比例する形態が採用されていますが、育った家計が苦しかったかは査定対象ではありません。

 

 ところが、大学の奨学金に対しては “学校の成績” ではなく、“家計の貧富” に比重を置いて決めるべきと主張している人々がいるのです。

 『貧しい家庭』という線引きが認められると、「大学や各種学校の学費も無料とすべき」との要求が出てくることになるでしょう。この主張は大学関係者などが自らの生活を守るため、後援する動きを見せることになると思われます。

 朝鮮学校の無償化を訴える人々もこの活動に身を投じることでしょう。

 

 見落としてはならないことは「大学卒業と同時に --- 万円の借金を背負い苦しい生活を強いられる」というメディアが報じる内容には意図的なミスリードが含まれている点です。

 月々の返済金額は1万円台。国民年金の支払い額と大差はない金額なのです。

 その上、利率も非常に低いため、借金の利息で生活すらままならないという主張は完全な誤りです。金融面での取引信用がゼロである学生に対し、低金利で多額の金銭を貸し出してくれる組織は稀有な存在と言えるでしょう。

 “Fラン” の大学に通う学生に対し、家計が苦しいからという理由で給付型奨学金を付与する理由はないはずです。奨学金は個人的な資金で運用されている訳ではないのですから、給付対象に一定の制限は設けられるべきであり、その基準は学力で計られなければならないのではないでしょうか。