ベーシックインカム(BI)は「既存の社会保障制度を置き換える制度」である

 衆議院選挙の公約としてベーシックインカム(Basic Income, BI)の導入を主張する政党が現れています。

 内容としては「既存の社会保障制度を置き換える(=ご破算にする)」というものですが、誤解を招きやすいテーマと言えるでしょう。どういった制度であり、どういった人に損得がもたらされるのかを確認しておく必要があります。

 

1:平等なベーシックインカム(BI)、公平な社会保障

 「百聞は一見に如かず」です。

画像:「平等」と「公平」の違い

 BI は対象者全員に平等に資金を給付するという制度です。そのため、上図で示されているように “給付の必要性のない(裕福な)人” まで給付の対象となる問題点があるのです。

 もう一方の社会保障は公平性に重きが置かれており、全員が満足できる可能性がある制度です。しかし、給付を受ける側の数が多くなり、負担する側の疲弊が深刻となった結果、制度の維持が難しくなっているというのが日本の現状なのです。

 

 

2:現行の社会保障制度に BI の上乗せは不可能

 多くの人は「現行の社会保障制度にベーシックインカム(BI)を上乗せすれば良いのでは?」と思うことでしょう。しかし、これは現実的に実施することは不可能です。

画像:既存の社会保障に BI は追加できない

 「誰が BI 用の予算を追加で捻出するのか」という問題点がありますし、BI とは「最低限の生活を送るために必要な金額の給付は行うが、社会福祉への支出は行わない」というものです。

 そのため、既存の社会保障制度が維持されている上に BI が給付という制度設計自体が成り立たないのです。

 「生活保護の受給世帯への給付額をさらに増やそう」と主張していることと同じであり、予算が青天井となることは目に見えています。したがって、「社会保障制度に BI を上乗せする」と主張している政党があるのであれば、制度を理解していないか、有権者を騙そうとしているかのどちらかと言えるでしょう。

 

3:BI を導入した際の支給額(試算)

 『希望の党』から出馬する木内孝胤氏は「月5万円の BI 支給なら、すでに可能」と主張しています。

 2015年度の社会保障給付費114兆8596億円のうち、医療費37兆7109億円を除いた77兆1489億円を2016年の人口(1億2675万人)で割ると、年間60万8670円、月額5万722円になる。

 計算上は正しいのですが、注意しなければならない点があります。これは「現行の年金制度・生活保護制度・子育て支援制度・介護制度などをご破算にする」と主張していることと同じだからです。

 内閣府が PDF で公表している社会保障の給付と負担は以下のとおりです。

画像:社会保障の給付と負担の現状
  • 現状
    • 負担:被保険者、事業主、行政(国・地方)
    • 給付:年金、医療、福祉(介護・子育て)
  • BI 導入後
    • 負担:被保険者、事業主、行政(国・地方)
    • 給付:医療、BI

 具体的な制度設計次第ですが、かなりの数の有権者を敵に回す可能性が高く、一筋縄では行かないことは確定的と言えるでしょう。

 

4:BI の導入で得する人、損する人

 得をする立場にあると考えられるのは「将来有望な若者」です。税金を収める側に回っていない人ほど、大きな恩恵を受けると言えるでしょう。

 BI が導入された影響を強く受けるのは以下の面々です。

  • 年金受給者:年金が BI に置き換えられるため
  • 生活保護世帯:公共料金免除などの恩恵が消滅
  • 介護保険受給者:BI によって実費負担となるため
  • 正社員:厚生年金がご破算となるため、払い損が生じる

 基本的に行政からの様々な給付が一律 BI に置き換えられるのです。そのため、「受給している人」や「払い損を被る人」が多数発生することが予想されるのです。

 

 現行の社会保障制度では “弱者の切り捨て” との批判を恐れるあまり、弱者に過剰なまでの給付が行われたことで負担する現役世代が青息吐息となっている問題があります。

 この難問にどうアプローチするかが政治であり、マスコミが報じなければならないことなのです。劇薬になる可能性がある BI ですが、使い方次第では有用な治療薬になる見込みもあるのです。

 BI を持ち出した『希望の党』や他の政党から具体的な制度設計についての議論が行われることになるのか。この点に注目する必要があると言えるのではないでしょうか。