朝日新聞、社説で「(国際規定を平気で破った)韓国側の訴えにも配慮する方策を考えるべき」と述べてレーダー照射問題で韓国の肩を持つ

 朝日新聞が1月25日付の社説で韓国海軍による火器管制レーダーの照射問題に対し、「韓国側の訴えにも配慮する方策を考えるべき」と主張しています。

 この主張は「無責任であり、論外である」と言わざるを得ないでしょう。なぜなら、偶発的な事故や誤解を生まないための枠組みが韓国も加入する "CUES" (= 海上衝突回避規範)なのです。

 韓国は CUES の規定を無視して火器管制レーダーの照射を行ったのですから、“韓国側の訴え” に配慮することが問題なのです。問題の原因を無視した論評や社説を平気で掲載するから、新聞への信頼が毀損される結果になっていると言えるでしょう。

 

 懸念する事案が発生したというのなら、相手に伝え、事実関係を調べるのは当然だ。ところが今の両国当局間では、そのための対話も円滑に進まない。

 その憂うべき事態のなかでも今回の韓国側の発表は、明らかに穏当さを欠いている。国防相が記者団の前で、海自機への実力行使までをも示唆したのは極めて不用意な発言である。

 (中略)

 日本側にも関係の悪循環を断つ責任はある。現場での国際規定を守るのは当然として、韓国側の訴えにも配慮する方策を考えるべきだろう。

 日韓は排他的経済水域が重なるほど距離が近い。偶発的な事故や誤解を生まないためにも、平素から独自のルールを定め、認識を共有する防衛交流を深めることが有効ではないか。

 

偶発的な事故や誤解を回避するための国際規約が CUES

 朝日新聞の社説を書いた人物は「偶発的な事故や誤解を生まないための国際規約が CUES (= 海上衝突回避規範)だった」という事実を理解しなければなりません。

 CUES が存在していないのであれば、朝日新聞が社説で主張する内容は的確なものです。しかし、現実には CUES は2014年の時点で存在していますし、韓国も加入済みです。

 そのため、“独自のルール” を定める必要がないのです。

 ただ、CUES は『規範』であり、遵守義務はありません。「偶発的な事故や誤解が生じても良い」と考えるなら、『規範』を平気で破る国が出てくることでしょう。

 現に、韓国は規範を破る形で自衛隊の哨戒機にレーダー照射を行ったのです。態度を改めるべきは韓国側であり、日本には何の非もないことを認識しておく必要があります。

 

客観的な証拠すら示せない韓国の訴えに配慮する必要はない

 韓国は「自衛隊の哨戒機による威圧的な低空飛行」を問題視するコメントを繰り返し発表していますが、取り合う必要すらありません。なぜなら、主張の根拠となる客観的な証拠を何も示すことができていないからです。

 「韓国が脅威と感じれば、脅威である」との “主観的な根拠” に基づく訴えに配慮すると、自衛隊は公海上や日本の排他的経済水域(= EEZ)上での通常の哨戒活動を行うことすら困難になります。

 これは北朝鮮の船舶に対する “瀬取り” を監視することも難しくなる上、韓国海軍の軍艦が日本の EEZ 内を我が物顔で居座ることの呼び水にもなるでしょう。

 朝日新聞が社説で主張するように「日本が韓国側の訴えに全面的な配慮を行い、泣き寝入りを選択すれば、悪循環を打ち切ることが可能」です。しかし、韓国側の完全な言いがかりでさえも容認しなければならないのですから、韓国を毛嫌いする人が増加するという副作用が生じます。

 韓国を甘やかしたツケを払わされるのは日本側なのです。その認識が欠落した朝日新聞の論調が “日本の” 読者から支持されなくなるのは当然のことと言えるでしょう。

 

「条約や規約を守らない韓国に配慮しても付け上がるだけ」との認識を日本側は持たなければならない

 朝日新聞など、一貫して韓国擁護の姿勢を採る人々は「条約や規約を守らない韓国に “配慮” を施すことで日本側にどのような利益が生じるのか」という根拠を提示すべきでしょう。

 「韓国の訴えに配慮する方策を考えるべき」と日本側にだけ要求していますが、不思議なことに「日本の訴えに配慮する方策を考えるべき」と韓国には提言しないのです。これは明らかにダブルスタンダードと言わざるを得ません。

 日本に対して一方的な譲歩を要求する姿勢が主張内容への批判を招く原因となります。また、無理筋な韓国擁護論を展開するから、世間の失笑を買う理由になり、「部数の凋落」や「信頼の失墜」を招くのです。

 日韓両国で防衛関係が悪化した理由は「韓国海軍による火器管制レーダー照射」です。その上、武力をチラつかせて通常の哨戒活動を阻害しようとしている韓国側の思惑に忖度する理由はありません。

 明らかに非がある韓国の姿勢を徹底して擁護する朝日新聞にも韓国と同様に厳しい批判を浴びせ続ける必要があると言えるのではないでしょうか。