トップに期待されるのは「自らの育休取得」や「育休取得の推奨」ではなく、「育休取得者の仕事を引き受けたことに対する報酬制度の確立」だ

 毎日新聞が1月22日付の社説で小泉進次郎環境相が育休の取得を宣言したことを好意的に取り上げ、「トップが率先して育休を取ること」を評価しています。

 ただ、この主張では毎日新聞が期待する効果は得られないでしょう。なぜなら、「トップが育休を取得しなければ、下の立場の者は取得できない」という逆の効果が生まれてしまうことになるからです。

 したがって、組織のトップにしかできない『制度設計』を人事・報酬面で確立することが要求されるべき点と言えるでしょう。

 

 政府は2020年度から、男性の国家公務員が育児休業・休暇を1カ月以上取るよう促す。これに比べれば短期間で物足りないが、母子の心身のケアのために有益だ。

 政界では、応援よりも冷ややかな声が目立つ。「まずは職員が休める環境を整えるべきだ」「議員の特権とみられないか」などだ。

 だが、組織のトップが率先して育休を取れば、全体の育休取得にプラスに働く。小泉氏の選択は一石を投じたといえる。

 (中略)

 民間調査では、男性が育休を取れなかった理由は「仕事の代替要員がいない」「取得できる雰囲気が職場にない」「収入が減る」が上位に入る。職場環境の整備が欠かせない。

 

トップダウンによる「育休取得の奨励」は “現場の反発” を招く要因になるだけ

 毎日新聞は「トップが例を示すことで追従が起きる」と主張していますが、これは現場が見えていないだけでしょう。

 この方針を導入すると、「トップは育休を取得していない」という “強烈な圧力” が組織内で自然に発生することになります。毎日新聞のような長い伝統のある大企業で(部門などの)トップを務めるのは 50〜60 代ですし、彼らは育休を取得したことはおそらくないはずです。

 したがって、小泉環境相のような “パフォーマンス” は期待できません。また、企業のトップは裁量権が一般社員よりも段違いに大きく、自らの仕事を部下にアサインできる立場にあります。

 しかし、一般社員にそうした裁量はありません。組織の上層部が「育休取得の奨励」をすれば、『育休取得者にアサインされていた仕事』は同僚に強制的に割り当てられることになります。

 報酬制度の見直しが行われない中での「育休取得の奨励」が行われると、誰かが “無報酬” で『育休取得者にアサインされていた仕事』をしなければならなくなるのです。この状況では職場で育休に対する風当たりが強くなるのは当然です。

 政治、司法、そしてマスコミが作り出した職場環境が「育休を取得しにくくさせている」のです。その現実に目を向ける必要があるでしょう。

 

トップに期待されているのは「育休取得者(や時短勤務者)の仕事を引き受けたことに対する報酬制度の確立」

 毎日新聞は育休取得を宣言した小泉環境相を褒め称えていますが、トップは自らが育休を取得する前にやらなければならないことがあります。それは育休取得者や時短勤務取得者の仕事を引き取ったことに対する報酬制度の確立です。

 職場で育休が取りにくい雰囲気が作られるのは「仕事量が増加した対価が支払われないから」です。

 『同一労働・同一賃金』だった職場が育休取得を境に『低労働・普通賃金』と『重労働・普通賃金』に分断されるのです。『重労働・普通賃金』になる側の社員が多数派となるのですから、育休への視線が厳しくなるのは避けようがないと言わざるを得ないでしょう。

 これを防ぐためには「 “育休や時短勤務で消化されなかった仕事” を代わりに遂行した社員に対価を支払うこと」が有効です。

 この制度が機能していれば、育休を取得しにくい職場の雰囲気は払拭されます。なぜなら、『同一労働・同一賃金』の報酬体系が維持されるため、『重労働』になった段階で『高賃金』が保証されることになるからです

 職場の報酬体系を決定する権限はトップにあるのですから、「お互い様だから」と言うだけでは単なる職務放棄です。現場から「育児休暇を取りたいなら自由にどうぞ」と言える報酬制度を作ることがトップにしかできない役割だと言えるでしょう。

 

解雇4要件が有効な日本で『育休取得者の代替要員』を外部から獲得するのは不可能

 「育休取得があるなら、代替要員を新たに雇用すれば良い」と考える人が多くいることでしょう。ただ、この選択肢は有効ではありません。なぜなら、大きなハードルがあるからです。

 まず、育休は「期間限定」です。そのため、正社員を新規雇用することによる代替要員の確保は困難です。なぜなら、育休取得者が復帰した時点で “余剰人員” が発生してしまうからです。

 正社員を新規雇用することで育休取得者の離脱をカバーするなら、「育休取得者が職場復帰した後のある時点で最もパフォーマンスの悪い社員を切ること」が不可避です。それができないと、企業は余分な人件費を払い続けることを強いられるからです。

 しかし、日本では『解雇4要件』があるため、雇用した正社員を切ることは不可能です。その結果、代替要員を雇用する場合は「期間限定の雇用に応じる非正規社員」とせざるを得ず、求職者にとっての魅力は下がることになってしまいます。

 能力の高い即戦力の人材を『育休取得者が復帰するまでの中継ぎ』で雇用することはまず不可能ですし、『業務の貢献度がゼロの育休取得者』の代わりを積極的に充填しようという経営陣は少数でしょう。

 

 「企業の金銭的な負担」と「育休取得者以外の社員の業務負担」が軽減されるサポートを政治が決定しないかぎり、マスコミが掲げる主張はキレイゴトのままで終わると言えるのではないでしょうか。