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「騒音への配慮」を求める限り、保育施設への苦情が絶えることはないだろう

社会

 保育所や認定こども園で発生する音が原因で「うるさい」と苦情を受け、開演の中止や延期が起きていると読売新聞が伝えています。

 住民側に “配慮” を求める従来の方法は限界に達していると言えるでしょう。子供たちが出す音や声を「騒音」と見なして、対策を講じない限り、苦情が止むことは考えられないことです。

 

 保育施設の子どもらが出す音や声を巡り、「うるさい」との苦情を受けたことがある自治体が、全国主要146自治体のうち109自治体(約75%)に上ることが、読売新聞の調査でわかった。

 苦情が原因で、保育施設の開園を中止・延期したケースも計16件あり、施設の整備や運営が年々難しくなっている状況が浮き彫りになった。

 

 苦情を受けたのは『保育所』や幼稚園と保育所が一体となった『認定こども園』です。

 自由回答では「園庭や窓を開けた室内から聞こえる子供の声がうるさい」というものが最も多かったと記事では指摘されており、“子供は地域の宝” というキレイゴトは通用しないと言えるでしょう。

 

“子供” は騒音問題の免罪符にならない

 「子供の出す音」であれ、「酔っ払いの出す音」であれ、騒音は騒音です。この現状を無視し、“子供は地域の宝” と特別対応を近隣住民に求めるから対立関係ができてしまうのです。

 「地域に必要な施設であるなら、騒音問題にすべきでない」というなら、幹線道路や鉄道、空港といった地域に不可欠なインフラ施設から生じる音についても、一切の補償は不要という結論にしなければなりません。

 ですが、「子供のすることは免罪される」と言うのであれば、反対運動が起きるでしょう。どれだけ騒音被害が発生しても住民は救済対象ではないのです。この状況で反対が起きないと考える方が楽観的すぎると言わざるを得ません。

 

騒音対策費の捻出を渋れば、良好関係を築くなど不可能だ

 “子供” を免罪符に使うことは反発を招くだけですから、現実的な対応を採った上で、「必要と考えられる一般的な対策はすべて実施済みです」と近隣住民に説明し、理解を求めることが定石です。

 これができていれば、住民の多数派は『保育所』や『認定こども園』への開設に理解を示すことでしょう。しかし、過去に言及したように対策費を計上することに消極的な施設がほとんどです。

  • 窓を二重化するなどの防音対策を行う
  • 園庭あり
    • 近隣住民宅の防音工事費用を負担
    • クーラー代を負担
  • 園庭なし
    • 近隣住民への金銭面での対応は不要

 まず、施設として防音工事を行うことは不可欠でしょう。「子供は元気に遊ぶもの」と考える人もいる訳ですから、それに対する対策を採らなければなりません。

 また、園庭を持つ施設の場合は近隣住民宅が直に騒音の被害を受ける訳であり、対策費の負担を申し出ることは施設側の責任です。

 対策費を捻出した上で「子供は地域の宝」と主張すれば、理解を示す近隣住民もいるでしょう。ですが、現実には「子供は地域の宝なのだから、我慢しろ」「文句があるなら、自費で防音工事しろ」というニュアンスを態度で示しているのですから反感を招く結果となっているに過ぎないのです。

 

 要するに、“施設が存在することによって生じる弊害” という観点が完全に抜け落ちた状態で、「保育所がない」と活動家が騒いでいるのです。

 「子供は地域の宝」と主張するのであれば、宝を磨き上げる際に必要となるコストという認識で近隣住民が被る損害に対する補償費を捻出すべきです。一時的な騒音工事費と夏場のエアコン代に支出用途は限定されるのですから、意識の高い人々と賛同者で拠出することは可能でしょう。

 公共事業と同水準の補償を受け取る権利が近隣住民に発生すべきであり、それすら否定するようでは保育所開設の理解は広まるとは考えられません。理想主義のリベラルは現実に合致した対策を提示する必要に迫られていると言えるのではないでしょうか。