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報道しない自由を行使したり、誤った情報を拡散するメディアにローマ法王が強い懸念を表明

 「マスゴミ」と日本で揶揄されるメディアですが、質の劣化が問題となっているのは日本だけの問題ではない模様です。

 ローマ法王がインタビューで、「誤った情報を拡散することはメディアによる最大の加害行為」とマスコミに対する強い警告を発したと毎日新聞が伝えています。

 

 ローマ法王フランシスコは、政治家の評判を落とすためにスキャンダルに焦点を合わせたり偽りの情報を発信することは「罪」だと述べ、メディアに対して強い警告を発した。

 (中略)

 法王は、誤った情報を拡散することは「メディアができうる最大の加害行為」であり、電波通信をそのような行為に利用することは罪といえると述べた。

 

 「報道の自由」を掲げるメディアは多く存在しますが、最近は自分たちの主義・主張を強く訴えるようにシフトしてきた印象があります。特に、メディアが敵と見なした対象へのバッシング報道は過激さを増すばかりです。

 メディアが “バッシング・キャンペーン” を行う場合、記者が前面に出てくることはないでしょう。組織に守ってもらいながら、一方的に相手を攻撃するケースがほとんどです。

 仮に、誤報だったとしても、訂正するだけで終わりです。このような横柄な振る舞いをするメディアの信頼は失われて当然ですし、批判的なスタンスを採る人が増える結果となるでしょう。

 

 また、当事者意識に欠け、ポリコレに基づき情報発信を制限するメディアの姿勢も批判の対象となっています。

 ドイツ公共放送(ARD)が難民申請中のアフガニスタン人男性(17)がドイツ国内でドイツ人女性(19)をレイプ殺人した事件を報じず、批判が殺到しているとAFP通信が報じています。

 ポリコレ的には「外国人に配慮する」という点では正解でしょう。しかし、ポリコレには「弱者に寄り添う」という価値観もあり、“弱い立場” にある女性が被害にあった事件を報道しない理由にはならないのです。

 “難民は無垢な被害者” と決めつけ、不法行為や反社会行為を平然と行う外国人に対する批判を「差別だ」と糾弾し続ける限り、同様の犯罪は起き続けることになると思われます。

 

 要するに、リベラル派は違法行為に対する厳格な対応を妨害し、ポリコレに基づき「差別だ」と叫ぶことで、“臭い物に蓋をしようとしている” だけなのです。

 法治国家で不法行為を容認する人はまずいないでしょう。「ルールを知らない外国人だから多めに見るべき」という主張も根拠が脆弱です。外国人の狼藉に対し、国民だけが忍耐を強いられるのですから不満が溜まる要因になります。

 不良外国人を法律に基づく厳格な対処をせず、彼らの肩を持つような報道をメディアが行い、リベラルな立場の政治家はそれに迎合するのです。

 そうした政党ばかりになれば、国民を最優先する政策を掲げる “極右” が支持を集めることは自然なことです。

 

 メディアには当事者意識がないのですから、キレイゴトを主張するでしょう。問題箇所を手厳しく批判されたことに対し、なりふり構わずバッシング報道をするのですから、さらなる批判を招いて当然です。

 安全な場所から他人に負担を押し付けるメディアの従来手法が限界に達しているのです。衰退産業を脱するためには「正確な情報を迅速に伝える」という原点に戻る必要があるのではないでしょうか。