森友学園に売却された土地が抱える “特殊な遍歴”

 朝日新聞が「隣接地の約 1/10 の価格で国有地が払い下げれた」と報じた森友学園をめぐる問題ですが、「対象の国有地がどういった遍歴を抱えていたのか」という点にあまり言及されていないことは奇妙なことです。

画像:格安な値段で売却されたと朝日新聞が主張する国有地

 しかし、国土地理院が公開している空中写真・衛星画像から「土地利用方法の移り変わり」を確認することは可能です。これを基に、マスコミが報じることを見合わせている点を指摘することにしましょう。

 

1:大阪府豊中市野田の航空写真(最新版:撮影時期は2012年5月〜9月)

 問題が指摘されている国有地と隣接地の空中写真・衛星画像は以下のものです。

画像:豊中市野田の航空写真(2012年)

 「図中の黄色で示した国有地が隣接地(図の赤で示した土地)の 1/10 の値段で売却された」と豊中市議らが騒いだことを朝日新聞が報じたことで『森友問題』が騒動となりました。

 ただ、実際には隣接地の方が異常なまでに値下げ・補助金の支出が行われていることは明らかであり、「安倍首相が国有地の値下げに関与した」という “本筋” から完全に脱線した政権批判が行われるという事態となっている状況です。

表:近畿財務局が売却した大阪府豊中市の土地価格
  森友学園 学校法人A
(大阪音大)
豊中市
土地 豊中市野田町1501番 野田町1505番
面積 8770㎡ 9492㎡
売却時期 2016年3月 2011年7月 2010年3月
地価 9億5600万円 7〜8億円 * 約14億円
ゴミ撤去費用 8億円超
(瑕疵担保:無)
2億5千万円 *
(瑕疵担保:有)
国庫補助金 7億1193万円
交付金 6億9069万円
購入額 1億3400万円 5億8千万円 * 2124万円

 

2:当初は何もない土地

 豊中市野田にある国有地は「集落などは何もない土地」でした。これは 1961〜1964 年に撮影された写真から確認することが可能です。

画像:豊中市野田の航空写真(1961〜1964年)

 写真の上部を斜めに横切る道路は名神高速道路で、1963年に開通しています。

 現場の西 500m ほどの所に豊中インターチェンジ、北西 2.5km の所に伊丹空港(大阪国際空港)が広がっているという位置関係です。

 伊丹空港は戦前から開港していましたが、GHQ に接収され、1958年に再開港した経緯があります。翌1959年には第一種空港(今でいう拠点空港)となり、1970年の大阪万博などもあり、国際空港として隆盛を極めたという歴史が存在するのです。

 

3:騒音や排ガス問題で訴訟が起きる中、住宅密集地と化す

 しかし、1970年台に入ると、空港周辺の住民らが「騒音」や「排気ガス」といった公害訴訟が活発になります。1969年以降から「夜間飛行の差し止め訴訟」が起こされていたほどです。

 このような時代情勢であった時(1974〜1978年)に撮影された写真が以下のものです。

画像:豊中市野田の航空写真(1974〜1978年)

 伊丹空港に着陸するルートの真下が住宅密集地になっているのです。騒音などの影響を大きく受ける地域に新しく住居を構える “物好き” が大勢いることが分かります。

 ニュータウンの建設が進む中で「環境が良いとは言えない地域に住むだけの理由が存在する」ことは明らかと言えるでしょう。

 

4:10年後の1980年台には空き地が目立ち始める

 ニュータウンの老朽化が社会問題として取り上げれたのは2000年以降のことですが、豊中市野田では1980年台に住宅の密集状態が解消されているのです。

画像:豊中市野田の航空写真(1984〜1987年)

 このことから言えるのは「該当地区に住んでいた住民の多くは公害訴訟で和解金を手にしたい輩」という点です。

 沼地で「ゴミや産廃で埋め立てた」という土地であり、伊丹空港に着陸するルートの真下という位置関係。公害訴訟が活発化したタイミングで該当地区が住宅密集地となり、10年後には住宅数は半数にまで減少しているのです。

 該当地区が “普通の土地” ではないことは明らかです。公害対策として、行政が買取に向けて動いている訳ですから、ゴネ得を狙う “反社” が群がることになります。

 ゴミや産廃部落・同和の利権になっていたことがあります。“ゴミや産廃を廃棄していた土地” なのですから、「関わりはない」と主張する方が無理なことですし、「差別されたため、その土地にしか住めなかった。立退料の上乗せがあるのは当然」と強弁した輩(や同和のふりをしたエセ同和)がいたことでしょう。

 

 メディアが報じることを避けてきた “闇” の部分に光を当てようとしない限り、同様のケースは起きるという認識を持つ必要があると言えるのではないでしょうか。