ナイキ社の厚底シューズ・ヴェイパーフライが箱根駅伝も席巻、陸上長距離界に「高速化」と「機材スポーツ化」の波が押し寄せる

 正月の風物詩となっている箱根駅伝で、ナイキ社の厚底シューズ・ヴェイパーフライ(vaporfly)を着用する選手と区間記録が続出したと読売新聞が報じています。

 この現実は「陸上長距離界に『高速化』と『機材スポーツ化』の波が一気に押し寄せた」と言えるでしょう。大きな転換期を迎えており、選手の調整方法から指導方法までを否が応でも見直さないといけない状況と考えられます。

 

 3日まで行われた第96回箱根駅伝では7区間で新記録が生まれ、多くの選手がナイキ社の厚底シューズを履いていたことが注目を集めた。着用率は出場210選手の約85%で、9区間の区間賞獲得者が使用。各大学の指導者からは「記録に影響しているのは間違いない」という声も相次いだ。

 話題になったのは、ナイキが2017年に販売を開始した「ヴェイパーフライ(VF)」シリーズ。超軽量ソールに炭素繊維のプレートを埋め込んだ厚底シューズで、クッション性や反発力を高めるとされる。

 

ヴェイパーフライの特徴は「『短距離用シューズ』の利点が『長距離用シューズ』に応用されていること」

 ナイキ社が開発したヴェイパーフライの特筆点は「ソール部分に炭素繊維のプレートが埋め込まれていること」でしょう。

画像:Nike vaporfly

 『長距離用シューズ』のソール部分に硬い材質が採用されることは異例です。しかし、『短距離用シューズ』ではソール部分に硬い材質が使われることが当たり前です。

 これは短距離走では「かかとを着地させる走り方では速く走れないから」です。したがって、硬い材質に力が加わることで生じる「元の形状に戻ろうとする力」を反発力(≒ 前方への推進力)に転換することでスピードを出そうとしているのです。

 つまり、『選手の身体能力』だけでなく、『シューズのアシスト力』も重要な要素となりました。

 ヴェイパーフライは「速度を求めた走り方」ではスタミナが持つはずのないマラソン競技ででも選手の体力を持たせてくれるのです。「速度よりもスタミナ温存」を重視する走り方をする選手が遅れるのは当然です。したがって、時代の転換期が訪れたと言わざるを得ないでしょう。

 

実際に走るのは選手だが、使用する “機材” が与える影響は無視できない

 ヴェイパーフライの威力が強烈であることは2020年の箱根駅伝を制した青山学院大学が立証しています。

 これまでは、大半の選手が青学大とユニフォーム契約しているアディダスのシューズを着用していたが、このレースから世界のマラソンを席巻しているナイキの厚底シューズ(ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%など)を“解禁”。その成果もあったのかもしれない。箱根のエントリーメンバー上位10人の1万m平均タイムは、28分45秒36まで急上昇し、出場全チームの中でトップに躍り出た。

 個々の選手がどのタイミングで大きく成長するかは不明です。これは「結果の出るタイミング」が選手によって異なるため、チーム全体が “同じ時期” に飛躍的な成長を遂げることはないと断言できるからです。

 チームぐるみでドーピングに手を染めたり、トレーニング方法を根本的に変更したり、使用する機材や環境を変えない限り起こり得ないでしょう。青学はヴェイパーフライを “解禁” した後にエントリーメンバーの平均タイムが急上昇したのですから、これは「『機材の変更』が功を奏した」と言えるはずです。

 ただ、青学はナイキ社のライバルであるアディダス社が支援している学校です。だから、駅伝チームを預かる立場である原監督はシューズに対する直接的は発言を避けているのだと考えられます。

 

高速化のトレンドはヴェイパーフライによって加速していくことになるだろう

 陸上の長距離界はこれまで以上に『高速化』が注目点となるでしょう。これは従来の指導方法では大会で結果が残しにくくなることを意味しています。

 長距離走では「かかとから着地し、スムーズに前方に重心を移動させる」という効率性を求めた走り方が『記録を求める競技』の観点からは時代遅れとなるはずです。なぜなら、ヴェイパーフライを着用することで「速さとスタミナ」を両立できてしまうからです。

 ヴェイパーフライが登場する前は「速さを求めるとゴールまでのスタミナが持たずに最終盤に失速する」というリスクがありました。しかし、スタミナ切れのリスクが軽減されたなら、オーバースピードがレーススピードになるのです。

 これまでは「オーバースピード」と判断して見送っていたペースでレースを進めることを余儀なくされる訳ですから、育成方法や指導方法を抜本的に見直さなければ、世界との差はますます広がることになると言えるのではないでしょうか。