大統領選・上下両院で共和党が勝利、なぜメディアの世論調査は当たらなかったのか

 「ヒラリー・クリントン大統領の誕生、上院は民主党、下院は共和党」と報じたメディアの事前予想を覆す結果が “アメリカの民意” として示されました。

 クリントン候補に肩入れしていたメディアが数多く存在していましたが、それでもトランプ候補に勝利できなかったという現実は既存メディアにショックを与えたことでしょう。メディアとして事前に兆候を読み解くことができなかった理由を探し、調査方法を改善する必要があります。

 

 メディアが行った大統領選の事前予想と結果を表で示すと以下のようになります。

表1:2016年アメリカ大統領選の事前予想と結果
予想トランプ候補クリントン候補
Real Clear Politics 266 272
Nate Silver 322 216
選挙結果トランプ候補クリントン候補
Clinton win MI 290 248
Trump win MI 306 232

 

 複数メディアの世論調査結果をポイント化するリアル・クリア・ポリティクスは僅差でクリントン候補(民主党)が勝利と予想。

画像:リアル・クリア・ポリティクスによる2016年アメリカ大統領選の勝敗予想

 南部の接戦州(フロリダやノースカロライナ)でトランプ候補が勝利するも、民主党の牙城とされる州を取るまでには至らず、クリントン候補が振り切ると予想しました。「トランプ候補が善戦する」とのシナリオを有力視したものです。

 民主党の非常に距離の近いCNNでも、討論会が行われるごとにクリントン候補のリードが縮まっている状況でしたので、このシナリオが現実化する可能性は高いと見る人は多かったでしょう。

 

 統計学の手法を取り入れ、熱狂的な信望者もいるネイト・シルバーは「クリントン候補が300人超の選挙人を獲得する」と予想しました。

画像:ネイト・シルバーによる2016年アメリカ大統領選の勝敗予想

 こちらは南部の接戦州(フロリダやノースカロライナ)でクリントン候補が勝つと予想したため、該当州での選挙人がクリントン候補に上乗せされることで、選挙人の差が開くとの予測を立てたためです。

 しかし、現実にはメディアによる世論調査をそのまま報じるだけでは意味のないことが浮き彫りとなり、ビッグデータを活用したところで、分析手法を間違えると意味のないことが明らかとなりました。

 世論調査として示された数値を分析し、「調査に答えた人物の属性」と「投票行為」を絡めた分析予測を行っていたのは渡瀬裕哉氏ぐらいになるのではないでしょうか。

 

1:“隠れトランプ支持者” はどこにいたのか?

 トランプ大統領が誕生したことで、メディアは “隠れトランプ支持者” の存在を盛んに取り上げています。ここで注目すべきは「なぜ、メディアが事前の世論調査で見つけることができなかったのか」という点です。

  1. メディアがトランプ支持者の正確な属性分析をそもそも行わず
  2. ポリコレに基づくレッテル貼りを避けるため、隠れ支持者となる

 大きな理由として、上記の2点を上げることができるでしょう。リベラル色の強い地域(アメリカ北東部や西海岸)では “隠れトランプ支持者” は実際に存在するはずです。

 しかし、「トランプ支持者=ポリティカルコレクトネスに反する存在」とルールが自分自身に適用されると社会的に抹殺されるリスクがあることを理解している知的な人物であるほど、徹底的に身を守ることを最優先するため、世論調査で本音を述べることはまずないでしょう。

 

 また、自らが掲げた “正義” であるポリティカルコレクトネスに反する存在とリベラル派が見なしていた上に、「白人ブルーカラー=トランプ支持者」という思い込みから『支持者の属性』を細かく分析しようとするメディアも少なかったはずです。

 「多様性を重んじる」と表面的に主張しながら、実際は自分たちの主張に賛同しなければ、差別主義者とのレッテルを貼ることで批判していたのです。

 特に、「生活上の選択肢」が都市部に比べて限定される傾向がある郊外や田舎ではその傾向が強くなります。それだけ地域差が大きいということを軽視してきたツケを払う羽目になったのです。

 

2:ラストベルトでのトランプ候補勝利

 多くのメディアが予測を外したことは「ラストベルト(Rust Belt、さびついた工業地帯)でトランプ候補が勝利」したという結果です。

 五大湖周辺で鉄鋼業などが繁栄した地域で、労組が強いエリア(=民主党の牙城)と位置づけられていました。しかし、今回の大統領選では、この地域でトランプ候補が大きく躍進することとなったのです。

表2:2016年アメリカ大統領選・ラストベルトでの勝敗
事前予想勝者
イリノイ州 (20) クリントン候補 クリントン候補
インディアナ州 (11) トランプ候補 トランプ候補
ミシガン州 (16) クリントン候補 未定
オハイオ州 (18) トランプ候補 トランプ候補
ペンシルバニア州 (20) クリントン候補
ウィスコンシン州 (10) クリントン候補

 ラストベルトは “製造業の中心地だった” のですが、NAFTA(北米自由貿易協定)によって、製造拠点が人件費の安いメキシコなどに流出し、失業率が悪化した経緯を持っています。

 そこにTPPが大統領選の争点の1つとして加わった訳ですから、労働組合に加入している労働者の動向が結果に左右することになります。

 

 トランプ候補とクリントン候補はどちらも「TPP反対」を打ち出していましたが、クリントン候補は過去の発言と矛盾が生じていることが明るみに出たことがラストベルト地帯ではマイナスに作用したと言えるでしょう。

 This TPP sets the gold standard in trade agreements to open free, transparent, fair trade, the kind of environment that has the rule of law and a level playing field.

 和訳)このTPPは自由、透明性、公正取引、法の支配に基づく市場環境を開くための貿易協定におけるゴールドスタンダードになります。

 技術力など製品としてのアドバンテージを持っていれば、製造業でもTPPによるアドバンテージを得ることができます。しかし、競争に勝てる要因がなければ、TPPによって国内産業は劣勢に立たされる結果となるでしょう。

 もちろん、保護貿易を進めることで生産者や製造業従事者を守ることは可能です。ただ、そのデメリットとして、消費者が高値で製品や商品を入手することを強いられることになります。この部分での “折り合い” を付けることが決定権のある政治家には求められることと言えるでしょう。

 

 既存メディアが頼ってきた従来の世論調査では有権者の意図を正確にキャッチアップできていなかった現実が存在していることを認めなければなりません。

 激戦州での僅差の結果でトランプ大統領が誕生する結果となったならまだしも、ラストベルト地帯でのトランプ候補の躍進は「誤差の範囲である」と弁解できるレベルではありません

 ヒラリー候補に肩入れすることに専念するあまり、自分たちが本来すべき正確な報道を行うという役割から大きく逸脱する結果になっていたのでしょう。

 「ポリティカルコレクトネス的に正しいかどうか」などと議論することに熱心なのは余裕のある有権者だけです。「雇用・賃金・生活(≒年金)」に不安を抱える有権者は、まずそれらを保証してくれる可能性の高い候補に投票することを軽視しすぎていたのだと思われます。

 無責任なメディアは “神学論争” に過ぎず、自分たちの生活を良くするための報道をしていないという認識が広がったことは一般人にとってはポジティブなことです。特定のバイアスで、世論を誘導しようとしても、その力が限定的になったことは民主主義にとって良いサインであることを誇らしく思うトランプ大統領の誕生と言えるのではないでしょうか。