ジョンソン首相が『譲歩を含む新たな離脱協定案』を発表、交渉が決裂となった際の責任を EU に押し付ける布石を打つ

 イギリスのジョンソン首相が10月31日に EU からの離脱期限を迎える問題で「譲歩を含む新たな離脱協定案を提示した」と BBC が報じています。

 EU 側が満足する『協定案』ではないため、交渉が決裂する可能性の方が高いと言えるでしょう。しかし、その場合は「EU が譲歩に納得せず、交渉を打ち切った」と責任転嫁が可能になっているため、この部分の扱いが注目点と言えるでしょう。

 

 イギリス政府は2日夜、欧州連合(EU)離脱に向けた新たな協定案を発表した。メイ前政権による協定で懸念材料となっていた、アイルランドと北アイルランドの国境に関わる「バックストップ条項」に代わる案も盛り込まれている。

 (中略)

 北アイルランドの立場については、北アイルランド議会が真っ先に、採決の機会を得る。さらにその後も、4年ごとに更新するかを投票で決めることになる。

 イギリス政府はすでにこの協定案をEUに示しており、ここから10日間にわたる集中協議で、17日のEU首脳会議(サミット)までに最終合意にたどり着きたい考えだ。

 

北アイルランド問題に対する処遇が『メイ前首相の協定案』とは異なる

 イギリスの EU 離脱で問題となっているのは「アイルランドと陸続きの北アイルランドの国境管理」です。これは北アイルランドが『EU の関税ルール』に残ってしまうと “連邦の一員” から離脱することになるため、反発が起きていました。

  • メイ前首相の協定案
    • EU と通商交渉が妥結しなかった場合、イギリスは『EU の関税同盟』に留まる
    • 『EU の関税同盟』に留まる(= バックストップが発動する)と、離脱にはイギリスと EU 双方の合意が必要
  • ジョンソン首相の新協定案
    • イギリスは2021年から『EU の関税同盟』を離脱
    • 北アイルランド議会は「域内が『EU の関税同盟』に残るか」の決定権を保持
    • 北アイルランド議会は「4年に1度、EU 法継続の是非」を問う

 『メイ前首相の協定案』には「EU との通商交渉が妥結しなければ、イギリスは半永久的に離脱できない」という問題がありました。なぜなら、EU が通商交渉時に「NO」と言い続ければ、イギリスは独自の通商ルールを適用できないからです。

 その結果、与野党双方から『協定案』に対する反発を招き、(実質的に)時間切れとなってしまったのです。

 後任者となったジョンソン首相が前首相と大きく異なるのは「ハードブレグジット(= 合意なき離脱)も止む無し」との姿勢で動いている点です。その布石を打ちながら、時計の針を着実に進めていると言えるでしょう。

 

“地元の民意” を根拠にできる(イギリス政府にとっては)秀逸な協定案

 ジョンソン首相が新たに提示した『協定案』が巧みなのは「地元住民の民意を尊重できる」と世間に対してアピールできる点でしょう。

 「イギリス国民の民意に沿って EU から離脱する」と言えることに加え、「北アイルランドの住民によって選出された議会が『EU の関税ルール』を選択した事実を尊重する」と “民主主義” を全面に押し出す仕組みが機能するための布石が打たれているからです。

 北アイルランドでは “イギリスと歩調を合わせる” 民主統一党が議会の約半数を持っているため、「イギリスとともに EU から離脱する」との結論が議会で示される可能性が高い状況です。

 したがって、EU 側から見れば、下手に無下にすることができない厄介な離脱協定案が提示されたと言えるでしょう。

 

“北アイルランド住民の民意” を無視する形で『新協定案』を突き返すのは EU にとって得策ではない

 EU は「北アイルランドとアイルランドの国境間に何らかの税関上の手続きを設定したくない」という “アイルランド側” の立場を採っています。これは北アイルランドの分離・独立に否定的な歴史が背景にあるからです。

 ただ、厄介なのはイギリス政府が「(地元に該当する)北アイルランドの住民の意向を尊重する」という譲歩を提示しており、『離脱協定案』を突き返す方法を間違えると EU 側が痛手を負ってしまうことが理由です。

 「(EU の本部があるベルギー・)ブリュッセルの決定に従え」との姿勢を鮮明にすればするほど、イギリスの EU 離脱を後援することと同じ効果を引き起こすことになるからです。

 したがって、「離脱交渉を打ち切ったのは EU ではない」と世間に訴えることが必要不可欠です。ただ、イギリス側が『新協定案』で「北アイルランドの地元住民の意向を尊重する」と譲歩してことで “踏み絵” に迫られていることも事実です。

 ジョンソン首相は「10月31日の離脱期限による時間切れ」も視野に入れていることが考えられるため、EU 側が『新協定案』に呼応した “新たな譲歩” を示さない限り、ハードブレジットもあり得るはずです。

 1ヶ月を切った離脱期限までにイギリスと EU の間で劇的な動きが起きるのかに注目しておく必要があると言えるのではないでしょうか。