“フクシマの被害者” が亡くなったことを嘆くメディア

 福島県大熊町の常磐道下り線でセンターラインを越えた乗用車が高速路線バスと正面衝突するという事故が発生したのですが、メディアは乗用車の運転手に寄り添う形の報道を行っています。

画像:事故を伝える日テレNews Zero

 センターラインを越えた原因を追求することなく、“思いを寄せる報道内容” に違和感を覚えた方も多いでしょう。朝日新聞に至っては放射線量を記事に掲載する有様です。

 

 4日午後8時45分ごろ、福島県大熊町下野上の常磐道下り線で、高速路線バスと乗用車が衝突した。県警によると、乗用車を運転していた同県広野町の中国籍の女性(33)と同乗の娘(6)が死亡した。

 (中略)

 現場は、東京電力福島第一原発事故による避難指示区域内。NEXCO東日本のホームページによると、この区間の放射線量は毎時0・65~4・05マイクロシーベルト。

 

 交通事故を伝えるニュースに放射線量の情報を加える意味はありません。避難が求められる量でもない訳ですから、単に「福島を貶めたいだけ」という内容になってしまっています。

 また、事故原因についての言及がなく、なぜかセンターラインを越えた乗用車のドライバーに寄り添う不自然な構成であることに違和感を覚えずにいられません。

 「下り車線に停車車両などの障害物があった」「スピードの出し過ぎでセンターラインを越える車が多い区間だった」などセンターラインを越えた理由を追求した形跡がないのです。にもかかわらず、一方的に “寄り添う姿勢” を採ることは奇妙なことに映るでしょう。

 

 メディアの不自然に寄り添う理由は運転をしていた女性にあるのではないでしょうか。5月5日に放送された日本テレビ系列『News Zero』で次のようなナレーションがあったからです。

 ナレーション:これは3年前、シンさん親子を取材した時の映像。原発事故の影響で一時九州に避難していた親子は3年前に福島・広野町に戻り暮らしていた。

 福島県広野町は2011年9月に緊急避難準備区域が解除され、町役場は翌2012年3月に帰還した経緯があります。

 大熊町の交通事故で亡くなった母子は3年前(2013年)に広野町に戻ったのですから、メディアが “原発事故による被害者” としてクローズアップし、コンテンツ化を目論んでいたからでしょう。

 「(原発事故によって)被害を受けた地元住民が持つ不満」を元手にニュースを作れば、堂々と政権批判ができますし、ジャーナリストとしての欲求を満たすことができるからです。

 福島を “フクシマ” とし、呪いをかけ続けることで収益を出そうとしているメディアこそ、批判されるべき対象であり、『報道の自由』を完全に履き違えていると言えるのではないでしょうか。