NGT48、「暴行事件への関与が疑われるメンバーへの処分」ではなく「現チーム制の解体」で問題解決を印象づけようとする

 日刊スポーツによりますと、山口真帆さんに対する暴行事件の余波が続く NGT48 が「現チーム制を撤廃する」と発表したとのことです。

 これにより、問題は解決されたと世間に印象づけたいのだと考えられます。しかし、この対応は無意味と言えるでしょう。なぜなら、暴行事件とチーム制の間に関係がないからです。

 運営の危機管理は「極めて悪い」と言わざるを得ないでしょう。

 

 NGT48は11日、公式ホームページで現行のチーム制を取りやめ、「1期生」「研究生」として再スタートを切ると発表した。

 現在、研究生から昇格した形の正規メンバーとして、チームN3、チームGを結成し活動してきたが、チームを“解体”することになる。

 『チーム制度』が暴行事件の原因であるなら、制度を刷新することは有効な再発防止策でしょう。しかし、第三者委員会の報告書に「現チーム制度が問題」との言及は存在しないのです。

 したがって、チーム制の仕組みを変更することで得られる効果は期待できません。「対応策を間違えている」と言わざるを得ないでしょう。

 

“疑惑が付きまとうメンバー” を放置し続けることを選択した運営方針が問題

 NGT48 が抱えている問題は「『疑わしきは被告人の利益に』の姿勢を採ったことで、コンプライアンスを重視するスポンサー離れを引き起こした」ことです。

 「被害者(= 山口真帆さん)の救済」よりも「関与が疑われたメンバーの保護」を優先し、世間一般の心象を著しく悪化させました。これによってスポンサー離れに拍車がかかったのです。

 暴行事件の加害者に情報を漏らした NGT48 のメンバーに対する処分もなく、ファンと繋がっていたメンバーに対する処分もありません。

 処分と言っても、「解雇」「(研修生への)降格」「謹慎」「訓告」など様々な形態があるのです。口頭での注意に相当する「訓告」すら科していないのですから、それすらできない AKB グループの運営には相当の理由が存在していると言わざるを得ないでしょう。

 

NGT48 が持っていた「広告塔のしての価値」を全損しても運営側が守りたい “モノ” があるのだろう

 「グループ」と「メンバー」を天秤にかけることを強いられた場合、運営側は「グループ」を取ることが一般的でしょう。

 これはスポーツでも見られることです。「クラブ(やチーム)」と「選手」のどちらかを取らなければならない場合、ガバナンスが効いている組織ほど「クラブ」が優先されているからです。

 ところが、NGT は異なります。『グループ(= NGT48)』よりも『一部のメンバー』が優先されているのです。その結果、NGT48 は広告塔としての価値を喪失し、“スポンサー離れ” を引き起こしてしまいました。

 この状況ではビジネスモデルを継続することは困難です。それでも、『一部のメンバー』に配慮した対応を継続しているのですから、「NGT48 を犠牲にしてでも守るべきもの」が運営にはあるのでしょう。

 ただ、この方針が世間から支持されているとは言えないため、批判やスポンサー離れという形で現れていることを運営側は認識する必要があると言えるでしょう。

 

チーム制に問題があるなら、「他の AKB グループも NGT48 と同じ問題を抱えている」と言っていることと同じ

 NGT48 の運営側は「現チーム制に問題があった」との理由で山口真帆さんに対する暴行事件の幕引きを図っていますが、これは良い解決策ではありません。

 なぜなら、その認識が事実であるなら、「グループ内にチームを設けている他の AKB グループも NGT48 と同じ問題が起きる可能性がある」と認めているに等しいからです。これはグループ全体の価値を損ねることになっており、逆効果と言わざるを得ません。

 グループの枠組みがなくても活躍できる実力を持ったメンバーは卒業した後も活躍していることでしょう。しかし、秋元康氏が「高校野球のようなもの」と評する AKB グループのメンバーが『プロの世界』で輝き続けることは困難を極めます。

 経営側のミスで事業は簡単に行き詰まりますし、NGT48 で起きている諸問題の原因にもなっています。

 “AKB ビジネス” を見切り、『坂道シリーズ』にシフトすることも経営戦略的には「あり」です。ただ、運営母体は同じですから、NGT で上がった火の手が『坂道シリーズ』にまで回る可能性は念頭に置いておかなければならないのです。

 

 「被害者の救済」に消極的な姿勢が世間から支持される可能性は低いと言えるでしょう。危機管理の目的である「組織のダメージを最小限にする」ことを忘れた組織が苦境に立たされており、自業自得と言えるのではないでしょうか。