災害派遣要請による訓練時間確保の悪化傾向に河野防衛相が苦言、自治体がすべき生活支援を自衛隊に押し付けて国防が疎かになるのは問題

 河野防衛大臣が17日の記者会見で昨年の台風19号などの災害派遣要請に対応するため、陸上自衛隊が派遣期間中に予定されていた訓練の 10% が中止・縮小となったことを受け、今後の役割分担を検討すると述べたと NHK が報じています。

 自衛隊に対応を依頼すれば、自治体は自らの予算を使うことなく災害復旧を進めることが可能です。そのため、今後も自衛隊に様々なことを “要請” する自治体が後を絶たないことでしょう。

 しかし、その一方で自衛隊は訓練する時間が奪われることになるのですから、部隊の練度が大きく低下します。これは国防力を落とすことと同じであり、河野大臣が主張する「役割分担の見直し」は避けては通れないと言えるでしょう。

 

 河野防衛大臣は、去年の台風15号や19号などに伴う災害派遣に対応するため、陸上自衛隊でこの期間に予定していた訓練のおよそ1割に当たる300件近くが、中止や縮小になったことを明らかにしました。

 そのうえで、河野大臣は「大規模かつ長期間の災害派遣活動が、最近著しく増えている。練度の維持・向上に必要な訓練なので、効率的に災害派遣活動が実施できるような取り組みを考えていかなければならない」と述べました。

 

「災害後の生活支援まで自衛隊に依存するな」という正論

 河野大臣の要望は以下のものであることが NHK が報じた記事から分かります。

 災害が起きた当初は、最大の態勢で対応できる状況は維持していきたいが、その後の生活支援などについては、自治体や関係省庁と協力しながら、役割分担を明確にしていきたい

 災害発生当初は自衛隊に「派遣要請」を出すことは妥当です。例えば、“通行できない道路が存在する状況” は自衛隊にとっても容認できることではありませんし、作戦遂行時の支障となります。

 ですから、災害が発生した初期の段階で自衛隊が派遣可能な最大の態勢で対応に当たることは責務として今後も担うべきと言えるでしょう。

 ただ、その一方で災害が落ち着いた後の生活支援まで自衛隊に要求するのは “タカリ” と同じです。

 「倒木の除去」や「屋根のブルーシートかけ」は自衛隊が担う本来の役割から逸脱していますし、「給水」や「入浴支援」は自衛隊が長期に渡ってサービスを提供し続けるのは誤りです。このような仕事は自治体が引き継ぐべきであり、役割分担を明確にする意味は大きいと言えるでしょう。

 

「本番で結果を出すための練習時間」を削減すると、どういう結果になるかを考えるべきだ

 河野大臣が現状に苦言を呈した理由は「自治体の自衛隊依存が進行したことで十分な訓練時間を確保できなくなっているから」でしょう。訓練時間が確保できなくなると部隊の練度が下がります。つまり、国防力が落ちるということです。

 自治体側が復旧に必要な人件費の一部を自衛隊に転嫁できるのですから、今後も自衛隊への災害派遣要請は迷わずに行うことでしょう。

 しかし、自衛隊はそうは行きません。防衛予算は決まっていますし、災害派遣に出ている間は予定されていた訓練を実施することは不可能です。

 勉強やスポーツと同じで『本番』を想定した『訓練』をするから、本番で期待した結果を手にすることができるのです。テストを想定した勉強をしなければ、テストの点数は散々になります。試合を想定した練習をしなければ、試合結果は付いてこないでしょう。

 また、『テスト』や『試合』だけでの調整は「カバーしている範囲が限定的」であるため、全体としての能力は低下します。だから、『本番』を想定した『訓練』をすることが重要であり、その時間が確保できないことは国防においても大きな問題なのです。

 したがって、マスコミからの注目度の高い河野大臣が自衛隊に対する災害派遣要請が抱えている問題に一石を投じた意味は重いと言えるでしょう。

 

給水や入浴支援は「災害発生から1週間」を目処に自治体が役割を引き取るべき

 河野大臣が念頭においているのは給水や入浴支援だと NHK は伝えています。災害の発生直後は自治体は「被害の把握」に奔走しているため、自衛隊が給水や入浴支援のサポートをすることは理に叶っています。

 自衛隊は “ライフラインが途絶えた状況で即座に街を作る能力” を有する唯一の組織ですし、その能力が要求されている場面で派遣を拒絶することはないでしょう。

 ただ、「 “街” を運営し続けること」は自衛隊の本業からは外れます。『給水』や『入浴支援』は設備が用意されていれば、自治体(や自治体から委託された)民間事業者が運営することは可能です。

 したがって、自治体が被害の把握が大方完了する災害発生から1週間を目処にそのような業務は自治体に引き継ぐべきです。自治体は自衛隊に任せたままにしておけば、自らの懐を痛めずに済むという背景もあるのですから、自衛隊へのタダ乗りを防止する改善策を講じる必要があるはずです。

 課題は「自衛隊が保持する『給水』や『入浴支援』のための装備をどうするか」でしょう。『装備品の有償での貸し出し』も解決策の1つですし、「引き継ぎ式」という形で世間に『災害派遣の終了』をアピールすることもできます。

 自衛隊が本来の役割ができないようでは本末転倒です。発言力のある河野大臣が一石を投じたのですから、自衛隊を取り巻く様々な問題を解決し、環境を改善していくことが重要と言えるのではないでしょうか。