“致命的な事実誤認” をしている上昌広氏が文春で称賛中の『イタリア政府のクルーズ船への対応』に基づく議論は無意味
新型コロナウイルスの件でワイドショーに “専門家” として多数出演している上昌広氏ですが、文春オンラインで「イタリア政府のクルーズ船への対応」を絶賛し、日本政府の対応を批判しています。
ただ、この記事には致命的な事実誤認が存在するのです。しかも、それを基に「クルーズ船の乗客がイタリアで新型コロナのパンデミックを起こした」との推測が出ているのですから、問題の根本箇所を指摘する必要があると言えるでしょう。
■ 上昌広氏が文春オンラインに寄稿した記事の内容
上昌広氏が寄稿した記事の内容は以下のものです。
今回の新型コロナウイルスの流行においては、地中海のクルーズ船「コスタ・スメラルダ」(総トン数18万5,010トン)で、乗客に発症が確認され6,000人強の乗客乗員が一時足止めされるという事件が発生している。
イタリア政府の対応は日本とは全く違った。2名の感染者について処置をした後、12時間で乗客は解放された。
なぜ、イタリアと日本はこんなに違うのだろう。私は経験の差だと思う。
(中略)
ダイヤモンド・プリンセス号の検疫は人類が経験したことがない大仕事だ。ところが、厚労省は、十分な情報を収集せず、大した覚悟もないまま停留を指示してしまった。今回の泥沼の事態は当然の帰結だ。今後、このような悲劇を繰り返さないためには、騒動が一段落した段階で、冷静に検証する必要がある。
上氏は「イタリア政府は新型コロナの患者2名への措置はしたが、残りの乗客は速やかに下船させた」と言及し、この対応を絶賛しています。
しかし、この言及内容に “致命的な事実誤認” が含まれているのです。では、どの部分が事実誤認なのかを指摘することにしましょう。
■ 事実
1: 感染が疑われた乗客の検査結果は「陰性(Negative)」
結論を言うと、クルーズ船『コスタ・スメラルダ』の乗客に新型コロナウイルス感染症を発症した人はいなかったのです。これは BBC を始めとする各メディアが報じています。
Six thousand people on board a cruise ship in Italy have been allowed to disembark after health officials said a Chinese passenger who had symptoms of coronavirus had tested negative.
和訳: イタリアのクルーズ船の6000人は保健当局が新型コロナウイルスの症状を示した中国人乗客のテスト結果が陰性だったと述べた後に下船が許可された。
感染が疑われた乗客の検査結果は「陰性」だったのです。つまり、上氏の言う「2名の感染者」は全くのデタラメです。
「イタリア政府は(新型コロナへの)感染が疑われる2名の乗客に対する検査を行い、その結果が陰性だったために6000人の乗客は12時間後に下船が許可された」
事実を基に論評するなら、上述の記載でなければなりません。陽性反応が出た『コスタ・スメラルダ』の乗客はいないのですから、上氏の記事は前提の段階で誤りがあるのです。これは致命的と言わざるを得ないでしょう。
2: 『コスタ・スメラルダ』はイタリア船籍のクルーズ船
もし、仮に陽性反応だったら、イタリアは北部ではなく南部が地獄を見ていたでしょう。なぜなら、『コスタ・スメラルダ』はイタリア船籍のクルーズ船だからです。
コスタ・スメラルダ | DP | |
---|---|---|
寄港先 | イタリア・ローマ | 日本・横浜 |
保有者 | カーニバル | |
運航者 | コスタ・クルーズ (イタリア企業) |
プリンセス・クルーズ (アメリカ企業) |
船籍 | イタリア (ジェノバ) |
イギリス (ロンドン) |
イタリア政府が「12時間の足止め」をした理由は「乗船者が感染しているかの検査にそれだけの時間を要したから」です。
『自国船籍』のクルーズ船が『自国港』に寄港することを止めるには “よほどの理由” が必要です。仮に、検査結果が「陽性」だったなら、イタリア当局はクルーズ船を緊急措置命令の対象として隔離に乗り出していたことでしょう。
しかし、実際には「新型コロナウイルスに感染している患者」は発見されなかったのです。だから、下船が “12時間遅れ” で許可されたのです。隔離対象者を解放したのではないのですから、この点は誤解してはならないことです。
3:『コスタ・スメラルダ』の乗客が下船したローマとイタリア北部は直線距離で約 500km
ちなみに、『コスタ・スメラルダ』の乗客が下船したローマ近郊の港とイタリア北部は直線距離で約 500km 離れています。
そのため、(実は新型コロナに感染していたクルーズ船の)乗客が感染源になったという可能性は低いでしょう。このシナリオが事実なら、新型コロナの患者はローマ近郊などイタリア南部に多く発生しているはずだからです。
「横浜港に寄港した『ダイヤモンド・プリンセス』に新型コロナの患者がいたから、(西に直線距離で)約 500km 離れた近畿圏で新型コロナのパンデミックが発生した」という可能性が限りなくゼロに近いことと同じです。
少なくとも、新型コロナウイルスの検査テストで陽性反応を示した『コスタ・スメラルダの乗客』はいないのです。それを「いた」と事実誤認をしている上昌広氏の論説を基にした議論は無意味です。
記事を掲載している文春の編集部が責任を持って執筆者に「事実誤認の項目がある」と指摘しなければなりません。
その上で「内容を修正した新しい記事に差し替える」か、「記事そのものを誤報と認めて撤回するか」が問われているのではないでしょうか。