『新型コロナウイルス(covid-19)の抗体検査キット』は「『PCR 検査』前のスクリーニング目的」では使えそうにない
「新型コロナウイルスの抗体検査キットが有用なのではないか」との声が出ていることに対し、国立感染症研究所が『迅速簡易検出法(イムノクロマト法)の評価』を掲載しています。
スクリーニング目的での利用は非現実的との結果が出たため、検査の積極推進派にとっては悲報と言えるでしょう。一方で「『抗体の取得』を理由にした自粛の緩和」を求める人々にとっては前進の根拠が得られる内容となっています。
『IgG / IgM 抗体の検査キット』とは
まず、迅速簡易検査法で名前が出ている抗体には IgM と IgG の2つがあり、一般的に以下の特徴があります。
- IgM
- ウイルス感染初期に作られる
- 抗体としては弱く、短期間で消滅
- 陽性なら、感染早期である可能性
- IgG
- IgM が作られた後に出現する
- 抗体としては強く、長時間持続
- 陽性なら、ウイルスに対する免疫体制が完成済みの可能性
一般論に従えば、『IgM・IgG 抗体検査キット』は「有用」と言えるでしょう。ただ、新型コロナウイルスに関しては不明な部分も多く、現状で “救世主” として活用することは推奨できるものではありません。
なぜなら、以下の問題点があるからです。
- 抗体検査が『陰性』でも、「感染していない」とは言えない
→ 例)「IgM ができる前」や『偽陰性』の場合 - IgM 抗体が『陽性』でも感染症状が出るとは限らない
→ 『PCR 検査』が陽性で無症状という患者と同じ - IgG 抗体が『陽性』と出ても、抵抗力の保証にはならない
→ 免疫がウイルスに負ける時もある - IgG 抗体が『陽性』と出ても、他者に移す可能性は否定できない
『IgM・IgG 抗体検査』だけで判断することにはリスクがあると言わざるを得ないでしょう。したがって、現状は『PCR 検査』と上手く組み合わせて効果を高める形を軸にする必要があると言えるはずです。
国立感染症研究所が発表した『簡易検出法への評価』
なお、感染研が行った “市販のイムノクロマト法による抗体検出試薬” による調査結果は下図のとおりです。
- (感染初期に生成される)IgM 抗体が陽性の検体は IgG 抗体も陽性だった
- 感染13日目以降なら、IgG 抗体の陽性率はほぼ 100%
→ 32検体中31検体で陽性、96.6%
つまり、現状で市販されている『抗体検査キット』を「新型コロナウイルスへの感染が疑われる人々をスクリーニングする目的」で使うことは不可能です。
もちろん、まだ症状が出ていない人々を対象に『(市販されている)抗体検査キット』を使って一斉検査をすれば、IgM 抗体の陽性反応だけを示す人が現れる可能性はあります。
しかし、検査キットは使い方次第で結果がブレるため、医療機関に余力のない現状で推奨できる使い方ではありません。そのため、正確性が高いと考えられる「抗体を獲得したか」の部分を活用すべきと言えるでしょう。
「『PCR 検査』で陽性反応を示した患者」や「濃厚接触者」を対象に任意で検体の提供を募り、精度を再検証すべき
新型コロナウイルスの『抗体検査キット』の販売に関与(PDF)しているのは塩野義製薬ですが、使用現場は想定どおりとは行かないでしょう。
- 『PCR 検査』前の「スクリーニング検査」として
- 空港や港で検疫官(医師)の判断の下で行う入国者の検査
- covid-19 患者が勤務・登校していた事業所や学校、その他、クラスターでの接触者等の検査
- 亜急性期や回復期の covid-19 患者の免疫獲得状態の把握
- その他、SARS-CoV-2 / covid-19 の疫学調査や研究など
少なくとも、市販されている『抗体検査キット』では「感染初期」と主張する根拠となる『IgM 抗体の陽性反応のみ』が検出されない状況です。そのため、「スクリーニング検査」では効果は望むことができない状況です。
そのため、「免疫獲得状況の把握」を中心にすべきでしょう。
退院する人々に任意で『抗体検査』を依頼し、『IgG 抗体』があるかを確認します。「退院後に再び『PCR 検査』で陽性になった」というニュースが時折ありますから、その際に「『IgG 抗体』が陽性だったか」は切り分けに役立つことでしょう。
また、『IgG 抗体』が陽性反応を示して症状が軽い患者には「入院させておく必要がない」と判断を下す根拠にもなるため、受け入れを表明してくれたアパホテルなどに移ってもらうことで病床を空けることにもなると期待できます。
新型コロナでの入院患者を対象に任意で抗体検査をし、その結果を踏まえた上で全国的な検査へと移行すべき
『抗体検査』ができるのであれば、やるべきです。しかし、そのためには予算と人員が必要不可欠です。現状は「新型コロナウイルスの感染拡大を食い止めるために大部分のリソースを取られている状況」ですから、「抗体検査もやるべき」は通用しません。
したがって、今の “山” を越えない限り、『抗体検査』は無視され続けることになるでしょう。
もし、抗体検査をしたいのであれば、自前でリソースを用意することが前提です。その上で、新型コロナウイルスでの入院患者を対象に任意で抗体検査を実施し、世間に公表する前に厚労省に報告するなど「余計な仕事は増やしません」との担保を出すことも必要になります。
なぜなら、そのプロセスを踏むことができないとクルーズ船『ダイヤモンド・プリンセス』に無断乗船して騒動を起こした教授と同じスタンドプレーをしていることになるからです。
厚労省が本格調査するための “捨て石” になる覚悟がある人々が主導するなら、『抗体検査』にも道が開けます。しかし、「我々の掲げた見解が正しかった」というスポットライトを欲するのであれば、実現することはないでしょう。
感染症対策の責任を負うのは厚労省ですし、霞ヶ関は平時でさえ慢性的な人手不足の弊害が顕著に現れています。
収束の目処が立っているとは言えない状況で感染症対策の責任を取らずに済む立場の者が『抗体検査』を要求したところで聞き入れられる可能性は低いでしょう。
検査体制を構築できるだけのリソース調達力と厚労省から理解を得るためのコミュニケーション能力、それに加えて手柄を譲れる懐の大きさを揃えることが必要になると言えるのではないでしょうか。