アマゾン、得意の “焼き払い戦略” を電子書籍サービスに持ち込むも大火傷

 ネット通販の世界的企業であるアマゾンが新たに始めた『電子書籍読み放題サービス』を巡るトラブルの背景に特別条件が存在したとNHKが報じています。

 お得意の経営戦略を使い、ライバル社と一気に駆逐しようとしたのでしょうが、思わぬことが原因で大火傷を負うこととなってしまいました。何が問題だったのでしょうか。

 

 この問題は、アマゾンがことし8月に日本でサービスを開始した電子書籍の読み放題サービス「キンドル アンリミテッド」をめぐって、出版大手の講談社が1000を超える書籍や、雑誌のすべての配信を一方的に停止されたとして、今月3日に抗議声明を発表し、小学館や光文社などの大手出版社も対応の改善を求めたものです。

 

 アマゾンが『電子書籍読み放題サービス』である「キンドル・アンリミテッド」に適用したビジネスプランは以下のものです。

画像:キンドル・アンリミテッドにおける講読料の配分方法

 月額980円の講読料の分け前はアマゾンと出版社で山分け。出版社の取り分は「書籍価格+読まれた書籍数」で傾斜配分を行うという一般的なモデルですので、下記のような形で支払額が算出されていたことでしょう。

  • アマゾン:490円
  • 出版社全体:490円
    • 出版社A(500円の本を2冊):196円
    • 出版社B(1000円の本を1冊):196円
    • 出版社C(500円の本を1冊):98円

 アマゾンの取り分が多いかは別にすると、出版社各社への支払額を算出する方法は非常にフェアなものと言えるでしょう。しかし、このビジネスを軌道に乗せるまでの過程に問題があったのです。

 

 書籍の著作権を持たないアマゾンのような企業が『電子書籍読み放題サービス』を展開し、軌道に乗せるには著作権保有者(=出版社や原作者など)から作品を提供してもらうことが必須です。

 しかし、著作権保有者からすれば『電子書籍サービス』で著作物が販売されいる現状で『読み放題サービス』に著作物を提供するメリットはありません

 自らの収入を喜んで削減する製作者はほとんど存在しないからです。その対策として、アマゾンは “特別条件” を提示することで著作権保有者からの了承を得る戦略を採りました。

画像:アマゾンが提示した特別条件

 「書籍1冊全体のページ数の10%以上が読まれた場合、その書籍が『電子書籍サービス』で購読されたと見なし、講読料を支払う」というものだったのですが、これが日本市場では完全に裏目に出る結果となりました。

 

 アマゾンが得意のする戦略に「資金力を背景に価格競争に持ち込み、同業他社を経営難に追い込み、市場から追い出す」というものがあります。

 企業として赤字決算が続く中でも評価が落ちなかった理由は顧客の囲い込みに成功しているからでしょう。書籍からスタートし、現在は “ネット上での大手小売り店” として、ウォルマートに挑む規模にまで成長しているのです。

 同業のライバル社を駆逐して、独占的な地位を築くことに成功すれば、アマゾンの発言力は高くなります。今回の『電子書籍読み放題サービス』も同様に一気に勝負を決めるために “特別条件” を餌に著作権保有者を引き込んだのですが、一般読者の行動を読みきれなかったために、アマゾン側に想定外の損失が発生することとなりました。

 特に、文学作品よりも漫画・ファッション雑誌・写真集という読むスピードが格段に速い作品にユーザーの人気が集中したことがアマゾンにとっての想定外だったと言えるでしょう。

 

 「書籍ページ数の10%を読むと購入扱い」であるなら、漫画だと1話分です。「1ヶ月980円で読み放題だし、試し読みしてみよう」とまだ読んだことのない世間で人気漫画と言われる作品に手を伸ばしたユーザーが多かったのだと思われます。

 また、「ドラマや映画化された原作コミックを読んでみよう」という動きもあったことでしょう。購入するには躊躇するが、定額プランの中に入っているなら、時間のある時に見てみようとする動きも想定できることです。

 写真集をがっつり読み込む人はいませんし、ファッション雑誌も写真による情報が中心で読むことに時間を要する書籍ではありません。その上、広告ページには数秒しか留まらない訳ですから、読むスピードは上がることを意味します。

 

 アマゾンは「キンドル・アンリミテッド」で同業他社を焼き払い、一気に勝負をつけようとしたが、“特別条件” の存在を知らない一般ユーザーの動きがアマゾン自身に引火する結果となってしまい、一方的に人気作品を『電子書籍読み放題サービス』から削除することで火消しを行ったと言えるでしょう。

 プラットフォーム戦略に成功した企業がこのようなミスをすることはアマゾンが最初ではありません。アップルが iTunes の定額制プラン導入の際に楽曲者に著作権ゼロでの提供を強要し、テイラー・スウィフトに「iPhone がどれだけ素晴らしい製品でも、それをタダで欲しいと要求したことはない」と苦言を呈されたこともありました。

 今後も同じような問題が起きることでしょう。複数のサービス企業が競い合い、生産者が報われる報酬体系が確立できなければ、そもそも消費者という存在が生まれないことを念頭に置いておく必要があると言えるのではないでしょうか。