中国と通貨スワップ協定を締結する “見返り” を日本政府は示す責務がある

 NHK によりますと、10月26日に行われる日中首脳会談に合わせて両国政府が通貨スワップ協定を再開することで合意する見通しとのことです。

 以前よりも額が10倍になるとのことですので、明らかに「中国への助け舟」と言えるでしょう。つまり、相応の “見返り” を手にしている必要があるのですが、その説明をする義務が政府にはあると言えるはずです。

 

 今月26日に行われる日中首脳会談に合わせて日中両政府は、円と人民元を互いに融通し合う「スワップ」と呼ばれる通貨協定を3兆円規模で再開することで合意する見通しです。

 (中略)

 この協定が再開されると、中国に進出している日系企業が決済システムのトラブルで人民元が不足した際などに、中国人民銀行から日銀を通じて人民元の供給を受けられることになり、セーフティーネットの役割を担います。

 日中両国の間では、この通貨協定を2002年に3300億円規模で締結していましたが、尖閣諸島をめぐる問題で関係が悪化したことから、5年前の2013年に失効していました。

 NHK の記事では「通貨スワップはセーフティーネットの役割を担う」と紹介されていますが、紹介されたケースで使われることはまずないでしょう。なぜなら、締結されるのは『国家間の通貨スワップ協定』だからです。

 

「一般企業の決済システムのトラブル」を理由に中央銀行から『現地通貨』を日常的に引き出せるのか

 NHK が紹介している事例をより身近にすると、以下のようになります。

  1. 日本に進出している中国のC社が “決済システムのトラブル” で日本円が不足
  2. C社は日銀から中国人民銀行を通じて日本円を供給を受ける

 スワップ協定は「相互」的なものですので、上記のことができなければなりません。ですが、実際には不可能と言えるでしょう。なぜなら、一般企業がその国の中央銀行から通貨を調達することはないからです。

 日本国内に進出した外資系企業が『日本円』を調達するなら、邦銀(三菱東京、みずほ、三井住友など)や邦銀との取引のある銀行が調達先になります。

 また、企業の決済システムは一般の銀行が絡む案件であり、そこで発生したトラブルの穴埋めを政府が保証してくれることもまずないと言えるでしょう。

 

国家間の通貨スワップは “政府の許可” がなければ使えない

 次に、日本政府と中国政府の間で再開されようとしている通貨スワップ協定はどちらかの国の中央銀行が権利を行使することが大前提です。

  • 日本銀行(≒ 日本政府)
    • 事前に決めたレート(例:1人民元=16円)で『人民元』を入手可能
    • 金額の上限は3兆円
    • 有効期日あり
    • 権利行使には相手の許可が必要になる場合あり
  • 中国人民銀行(≒ 中国政府)
    • 事前に決めたレート(例:1人民元=16円)で『日本円』を入手可能
    • 金額の上限は約1900億人民元
    • 有効期日あり
    • 権利行使には相手の許可が必要になる場合あり

 スワップ協定は通貨危機などの有事の際に緊急的に使われる協定であり、日常茶飯事的に機能しているものではないのです。また、通貨を引き出す際には「要請を拒否する」という “嫌がらせ” も可能であるため、『外交カード』の意味合いも持っています。

 ただ、今回の日中通貨スワップ協定は両国ともにスワップの権利行使を妨害する理由や見返りは存在しないため、この部分が問題になることはないでしょう。

 

「中国に進出した日系企業が『人民元の暴落』で経営が傾いた際、日本経済への影響を限定すること」がスワップの目的だろう

 中国市場で難しいのは「人民元からの両替」であり、「人民元への両替」ではありません。これは中国政府が「資金の国外流出」を極端に嫌っており、それは政策にも現れていることから確認が可能です。

 したがって、日銀(≒ 日本政府)がスワップ協定の権利行使を申請した場合、『日本円』という外貨を手にする中国政府が難色を示すことは現状では起こり得ないと言えるでしょう。

 ただ、日銀は基軸通貨である『米ドル』を無制限に『日本円』と交換することが可能です。そのため、『人民元』を手にする必要はないのですが、それでも権利を行使できる状況を作っておこうとする理由は「中国に進出した日系企業が『人民元の暴落』で、本社の業績まで傾くことを回避するため」でしょう。

 日系企業への襲撃を始め、撤退の際に企業資産の没収を平気で行う国に進出することは企業の自己責任です。ただ、中国市場に “のめり込み過ぎている” 大手企業も実際に存在しますし、日本国内の本社まで傾かれては国内の雇用情勢にも影響が出るため、苦肉の策に近いと思われます。

 

 しかし、そうした説明は政府からはありません。実質的には中国を支援していることと同じなのですから、相応の “見返り” を中国政府に要求する必要があります。

 通貨スワップ協定は「市場で現地通貨の調達が困難になった場合」に威力を発揮するのですから、『人民元』を市場で調達することが難しくなるのはどういった場合なのかを考えることが不可欠と言えるのではないでしょうか。