スプリントとT・モバイルの合併阻止訴訟が開始、「事業苦戦を理由にした合併の正当化」は無理筋では?

 ソフトバンク傘下のアメリカ携帯大手スプリントとT・モバイルの合併阻止を求めて州当局が起こした訴訟の審理が開始されたとロイター通信が報じています。

 スプリントは「事業が苦戦しており合併が必要」と主張したことに対し、原告は「競争が促された環境下の方が顧客に最善のサービスが還元されている」と主張している状況です。“合併によるメリット” を顧客側が享受できないなら、合併阻止を求める原告が勝訴する流れになるでしょう。

 

 米国で複数の州が携帯電話大手TモバイルUS(TMUS.O)と同業スプリント(S.N)の合併阻止を求めて起こした訴訟の審理が9日、ニューヨーク州のマンハッタン連邦地方裁判所で始まった。

 この日はスプリントの幹部らが証言。ネットワークの質改善に苦戦し、成長が阻害されているとしてTモバイルとの合併の必要性を強調した。

 (中略)

 一方、原告側は、スプリントが2016年にベライゾン、AT&T、Tモバイルの携帯電話プランに匹敵するプランを提供する積極的な販売奨励策を導入した際に、Tモバイルのプリペイドブランドが迅速な値下げに動いた証拠を提出。競争が値下げにつながると訴え、スプリントとTモバイルがそれぞれ単独会社として存在することが各社の競争を促し、顧客にとって最善のサービスを提供することになると指摘した。

 

「両者の合併で顧客が現状よりも良いサービスを得られるか」が争点になるだろう

 ソフトバンクが傘下に収めたスプリントは当初アメリカの携帯市場で3位でした。ベライゾンや AT&T に追いつく目的で合併による規模拡大を掲げたものの上手く行かず、業績でT・モバイルに抜かれて4位に転落してしまいました。

 そのため、経営権をT・モバイルに譲渡する形での合併を進めているものの、州当局から「合併阻止」の訴訟を起こされているのが現状です。

 スプリントは「経営が苦境でビジネスが立ち行かなくなっている」との理由で合併の正当化を試みていますが、この主張が認められるかは不透明です。なぜなら、「収益性の悪い過疎地域は見捨てる」と言っているに等しいからです。

 人口の少ない地域は携帯通信網を整備するほど赤字が大きくなります。利用者の多い都市部に注力した方が採算が取れる確率は高くなりますし、同業他社の数は少ないほど値下げ合戦は回避できます。

 スプリントの主張は「企業として正しい内容」ですが、携帯通信事業が許認可制であることがネックと言えるでしょう。なぜなら、参入企業の数が少ないほど独占や寡占の傾向が強まり、消費者の負担が増すという弊害があるからです。

 

「値下げによるシェア拡大」を図る企業が現れた場合、同業他社も追随せざるを得ない

 企業が市場でシェアを拡大する要因は「品質面か価格面のどちらかで優れている場合」が基本と言えるでしょう。品質と価格の双方で優れていることが理想ですが、現実は「どちらか1つだけでも十分」です。

 携帯電話の場合は品質面での差はほとんどない状況となっています。そのため、「価格面でのコストパフォーマンス」が契約に最も大きな影響を与える要素と言えるはずです。

 スプリントとT・モバイルの合併阻止に動く州当局が主張しているのは「過去にスプリント社が値下げによる販売攻勢を仕掛けると同業他社が即座に追随し、顧客も恩恵を受ける結果となった」という点です。

 市場で競争する企業数が多いほど、それぞれの企業が独自色を打ち出して顧客の獲得に励むことでしょう。商品の選択肢が多いことは消費者にとって良いことですし、その数を減らすことで恩恵を得られるのは「合併する企業」だけという状況なのです。

 この指摘や懸念に対して、「そうはならない」とスプリントやT・モバイルが訴訟で根拠を示せるかが大きなポイントとなるはずです。

 

消費者に不利益を与える可能性の高い企業活動に行政がお墨付きを与える訳には行かない

 スプリントとT・モバイルが合併することで携帯大手は消耗戦の発生要因を1つ取り除くことができます。これは確定事項ですから、企業は少なくとも1つの恩恵を受けることは決まっています。

 しかし、消費者がスプリントとT・モバイルが合併した恩恵を享受することができるかは不透明です。

 消費者に負担を押し付けることで企業の業績を回復させる経営手法も現実には存在していますから、そのような手法に踏み切ろうとする企業の行動に行政がお墨付きを与えることは不適切でしょう。だから、州の当局は懸念を示し、訴訟に打って出ているのです。

 「事業が苦しい」なら、「経営陣を交代する」という選択肢もあるはずです。経営陣が居座る前提で「許可制事業が苦境だから合併を認めるべき」との主張が認められるかは微妙なところと言わざるを得ないでしょう。

 ソフトバンクの思惑どおりにスプリントを切り離すことができるのか。訴訟の行方を見守る必要があると言えるのではないでしょうか。