“積弊清算” の動きを利用されたムン・ジェイン政権、米ファンドから7億ドルの損害賠償請求を受ける

 「パク・クネ政権下の積弊」を清算することに乗り出しているムン・ジェイン政権ですが、予想外のブーメランを受ける結果となっています。

 日経新聞によりますと、アメリカの投資会社『エリオット・マネジメント』が「米韓 FTA の ISDS (投資家と国家の紛争解決)」を理由に損害賠償を要求したとのことです。

 賠償を要求する理由は「パク・クネ政権時の不当な圧力による合併成立で損害を被った」というものであり、ムン・ジェイン政権は厳しい立場に置かれたと言えるでしょう。

 

 米投資会社エリオット・マネジメントが、米韓自由貿易協定(FTA)の「ISDS(投資家と国家の紛争解決)」条項に基づいて韓国政府に6億7000万ドル(約730億円)の損害賠償を要求した。韓国法務省が11日、米韓両国の取り決めに基づき、エリオットから受け取った仲裁意向書を公開した。FTAのISDS条項を根拠に企業が韓国政府に賠償を求めた初のケースになる。

 エリオットが問題視するのは、2015年に韓国サムスングループの第一毛織とサムスン物産が合併を決めた臨時株主総会。当時、サムスン物産株を7%強保有していたエリオットは反対したが、韓国政府傘下の国民年金公団が賛成するなどし、合併は承認された。

 問題の発端は「サムスングループの循環投資を解消する目的で行われた合併」です。サムスンは「循環投資の解消」を要求されていた立場にあり、そのために合併は不可避でした。

 ただ、“合併の条件” に問題があり、それをムン・ジェイン政権が「積弊の対象」として糾弾。エリオットがその動きを使い、損害賠償請求を起こしたということが大筋の流れです。

 

サムスングループの循環投資

 韓国経済は財閥が圧倒的な存在感を発揮しています。“自由競争の結果” という点においては批判される筋合いはない状況なのですが、“統治体系” は問題視されているという状況にあります。

画像:サムスングループの循環投資

 問題となっているのは「循環投資」です。

 サムスングループに限らず、韓国の財閥は『創業家の持ち株会社』から資金が循環する形でグループ企業が統治されています。これにより、「少ない投資額でグループ全体に影響力を与える」ことが可能になり、ガバナンス的な問題が指摘されていました。

 韓国政府は法律で循環投資に制約を設けたこともあり、どの財閥も循環投資の解消に乗り出していたのです。

 

合併の障害となっていた『サムスン物産』の株主

 サムスンは「循環投資の解消」に取り組んできました。それでも、上図のような「循環投資の輪」は “10個” 残っていたのです。

 循環投資を解消するために、サムスン創業家は持ち株会社である『第一毛織』と『サムスン物産』を合併させるために動きました。

 サムスン物産を合併するには株主の合意を得る必要がありましたが、大株主には韓国政府の傘下にある『国民年金公団』や投資会社『エリオット』がおり、合併提案への賛成を取り付けられるかが不透明な状況だったのです。

 そこで、パク・クネ前大統領に助言を行っていたチェ・スンシル氏を介する形で『国民年金公団』に「合併賛成」の立場を採らせ、『第一毛織』と『サムスン物産』の合併を成立させていたのです。

 

『サムスン物産』の株主は損をした形の合併劇

 『第一毛織』と『サムスン物産』の合併ですが、サムスン物産の株主にとっては “割に合わない” 提案内容でした。

 エリオットは「合併反対」を表明しましたが、より保有率の高かった『国民年金公団』の「賛成」で合併は成立。その後、エリオットは韓国政府(=当時のパク・クネ政権)から「開示義務違反」を理由に報復制裁を受けました。

 ムン・ジェイン政権が「『第一毛織』と『サムスン物産』の合併」を “パク・クネ政権の積弊” として清算に乗り出したことで、エリオットも動き出したのです。

  • 「合併は積弊」とムン・ジェイン政権が主張
    • 「『国民年金公団』(≒ 韓国国民)に損害を与えるもの」との理由でパク・クネ政権を批判
    • 『サムスン物産』の株主であるエリオットも「損害を受けた」との “お墨付き” を得ることになる

 「株主の利益を損なう合併が行われた」とパク・クネ政権の動きを批判するなら、同じく株主であったエリオットも損害を受けていたことになります。

 ムン・ジェイン政権が「合併は積弊」と主張すれば、エリオットの主張も成立してしまいます。「合併は合法」と言えば、エリオットの主張は退けられるのですが、その場合は韓国の有権者から「積弊とは何だったのか」という突き上げを受けることになってしまう恐れがあるのです。

 

 韓国政府はエリオットからの「米韓 FTA の ISDS 項目に基づく損害賠償請求」に対し、「受けて立つ」との方針を持っているものと思われます。どういった結末を迎えるのかに注目する必要があると言えるのではないでしょうか。