国が “iPS細胞を用いた事業” に対する年10億円の予算支援を打ち切る方向なのは適切

 朝日新聞によりますと、iPS 細胞の備蓄事業に対する国からの年10億円規模の予算が打ち切られる可能性が京都大学側に伝えられたとのことです。

 反対の声が一部で出ていますが、この方針は適切と言えるでしょう。なぜなら、「iPS 細胞の基礎研究」ではなく、「iPS 細胞を用いた事業」が対象だからです。

 そもそも、事業化が念頭に置かれた研究に大規模な支援が行われていたことが問題視されるべきだったと言えるでしょう。

 

 拒絶反応が起きにくい再生医療をめざす京都大のiPS細胞の備蓄事業について、政府が、年約10億円を投じてきた予算を打ち切る可能性を京大側に伝えたことがわかった。ノーベル賞受賞から7年たって基礎研究から事業化の段階になってきたことや、企業ニーズとの違いが浮き彫りになったことが背景にある。

 

iPS 細胞は基礎研究から臨床・応用研究、実用・事業化のための研究まで幅広く予算が付けられていることが問題

 『iPS 細胞の研究』が問題となるのは「iPS の名前が付けば基礎研究から事業化のための研究まで幅広く予算が付けられていたから」でしょう。国からの予算が投じられる先は少なくとも以下のように分類がされた上で議論されるべきものだからです。

  1. 再生医療、細胞・遺伝子治療
    • 基礎研究に該当するため、国が幅広い分野で支援すべき
    • 『iPS 細胞』だけでなく、『ES 細胞』なども対象
  2. iPS 細胞の臨床・応用研究
    • 実用化に向けた “死の谷” を越えるための設計を行う段階
    • 「医学的な意義」と「事業性」の観点から予算支援の対象を選定し、結果はシビアに評価されるべき
  3. iPS 細胞の備蓄事業
    • 『iPS 細胞を用いた特定の治療方法』のために必要な事業
    • ビジネスモデルや技術的な課題が当初から指摘されており、“事業” であることから支援は不要

 基礎研究は原理・原則を確定させるためのものであり、投資分を回収することは簡単ではありません。そのため、この分野に関しては国が研究費を支援する意味は大いにあると言えるでしょう。

 しかし、実用化に関する研究を国が豊富な資金を支援する必要はありません。なぜなら、特定の事業者が “死の谷” を越えるための援助をすることになってしまうからです。

 

事業は “市場のニーズ” に合致しているべきであり、ニーズを無視した実用化は単なる無駄遣いである

 『研究の段階』で効果を得られても、『実用化(≒ 事業化)』を実現するまでには大きな隔たりがあります。“死の谷” と呼ばれるほど難易度が高く、どれだけ潤沢な資金があっても成功する保証はないのです。

 その具体例は「フッ化水素」でしょう。

 半導体を生産するサムスンなどの韓国の財閥企業ですが、生産に必要不可欠な高純度のフッ化水素は日本企業からの輸入に頼っています。“世界屈指の研究予算を持つ企業” ですら、実用化に向けた死の谷を乗り越えるための研究・開発予算を出すことに躊躇しているのです。

 したがって、事業化を念頭に置いた研究では「市場のニーズに合致していること」は最低限の条件と言えるでしょう。ところが、『iPS 細胞の備蓄事業』は利用が見込まれる企業から「『細胞のガン化』や『細胞の混入』のリスクがないことを備蓄された型ごとに確認するのは非効率的」と敬遠されています。

 この状況では『iPS 細胞の備蓄事業』に対する研究予算が打ち切りに向かうのは当然です。利用を考える企業は「1種類の iPS 細胞と免疫抑制剤を組み合わせ」が事業化に向けた最適解と考えており、妥当な判断が働いていると言えるでしょう。

 

『iPS 細胞の基礎研究』についても「 “最恵国待遇” を継続するに値するか」の評価が必要だ

 実用化の研究は「商品開発」に該当する訳ですから、国が研究予算を付ける必要はありません。日本は民主主義国家であり、国からの要望を受ける必要のない民間ベースで「市場が求める商品」を世に送り出すために資金を自前で調達すべきでしょう。

 一方で基礎研究は「商品開発をする際に使える技術の確立」が目的ですから、再生医療や細胞・遺伝子治療の分野だけでなく、幅広い分野で公的資金による研究支援がなされているべきです。

 しかし、公的資金を投じている以上は「費用対効果が出ているのか」という点で結果に対する評価を下すことは不可避です。「専門誌の査読で論文の掲載を門前払いされるような研究」や「後から発表された論文の参考文献にもならない研究」が “最恵国待遇” を継続することに疑義が浮上するのは避けられないでしょう。

 これは『iPS 細胞の基礎研究』だけでなく、科研費の対象となっている “文系科目の研究” にも言えることです。申請前の段階で「目標とする成果」を出させることは可能ですし、結果を “以後の申請” に活かすことは十分に可能と言えるはずです。

 国が拠出する研究費についても「学者や一部有識者の裁量」で決められるのではなく、申請内容・目標と結果を第三者の視点からシビアに評価する必要があると言えるのではないでしょうか。