クリエイターに低賃金・長時間労働を強いる立場だったテレビ局、動画配信サービスの急拡大で「人材不足の逆風」に見舞われる

 動画配信サービスが急拡大したことでアニメやドラマを制作するクリエイターの争奪戦が勃発し、テレビ局が守勢に立たされる事態になっていると毎日新聞が報じています。

 これまではクリエイターに低賃金・長時間労働を強いることができる『圧倒的な強者』だったテレビ局が “同等の流通力” を持つ配信事業者との競争を迫られることになったのです。時代の変化に適応しなければ、コンテンツの差が原因で凋落に拍車がかかることになるでしょう。

 

 米ネットフリックス(ネトフリ)などのインターネット動画配信サービスが急拡大していることが、経済産業省の調査で明らかになった。巨大な資金と配信網を持つ「黒船」の参入は、国内のアニメやドラマの制作現場でクリエーターを巡る争奪戦が起こるなど、変化を生んでいる。低賃金・長時間労働が課題になってきた業界にとって、光明となるのか。

 (中略)

 経産省コンテンツ産業課の担当者は「動画配信サービスの拡大で世界的に魅力あるコンテンツの争奪戦となり、流通側と制作側の力関係は逆転している。制作会社は海外に企画を持って行くなど打って出るべきだ」と指摘する。

 

「放送してやることが対価だ」というテレビ局の『最強カード』が陳腐化した

 「流通」と「制作」の力関係はテレビ局(≒ 地上波)などの流通側が圧倒的に優位でした。なぜなら、ほぼ全ての流通経路を抑えていたからです。

 そのため、コンテンツを制作するクリエイターに対して、無理難題を押し付けることが可能でした。

 クリエイターは『自らの作品』が世に知られなければ、仕事を継続的に得ることは不可能です。低報酬で無理な納期であっても、“次の仕事” を得るためには「受ける」しか選択肢はありません。この力関係がコンテンツ業界の低賃金・長時間労働の温床となっていたのです。

 ところが、インターネットの普及で「流通経路」が多様化しました。経路が多様化すると『コンテンツの配信』に特化した事業者が参入してきます。

 そうなると、テレビ局が持っていた『最強カード』である「放送してやる(= 流通経路に乗せてやる)」の価値が想定的に低下します。「『テレビ以外の流通経路』を使って『自らの作品』を知ってもらえれば良い」と考える制作者が出てくるからです。

 これによってできた “風穴” はテレビ局にとって厄介なものと言わざるを得ないでしょう。

 

流通事業者間で競争が本格化すると『持っているコンテンツ』によって差が生じることになる

 クリエイターから見れば、“真っ当な対価” が得られない仕事を受注する意味はありません。クリエイターとして生活をすることができなくては本末転倒だからです。

 したがって、『自分(たち)の仕事が正当に評価される仕事』から優先的に受注する流れは今後さらに強くなることでしょう。

 一方で、流通事業者は「ライバル勢から抜きん出るため」に「『優良コンテンツ』の囲い込み」に尽力します。この際に囲い込みの対象となるのが『著作物』ではなく『優良コンテンツを生み出せる人材』です。

 「既にヒットした著作物を再放送する」よりも「新作を放送」した方が多くの視聴者を望むことができます。また、“自前” で『人気シリーズ』を生み出した方が獲得した顧客を引き止めることが容易ですから、「新たな『人気シリーズ』を制作できる能力を持ったクリエイター陣」が投資対象となるのは自然なことでしょう。

 しかも、ネット配信事業は「テレビ界のタブーに配慮する必要はない」という魅力もあるのです。『報酬』と『自由度』でテレビ局の水準を上回る評価を提示する “黒船” が相手ですから、テレビ局の姿勢は根本的に見直す必要があると言えるでしょう。

 

テレビ局がコンテンツ制作能力を本当に持っているなら、動画配信事業者を返り討ちにすることは容易

 インターネットの動画配信事業者は『コンテンツ』を確保し続けることができなければ、遅かれ早かれ事業に陰りが生じることになります。

 一方でテレビ局はこれまで様々な分野のコンテンツを制作してきたはずです。“外部のクリエイター” が引き抜かれた程度ではテレビ局の屋台骨が揺らぐことはないでしょう。

 しかし、テレビ局が実際の制作を “外部クリエイター” に丸投げしていた場合は別です。

 外部のクリエイターを低賃金で働かせることでテレビ局の職員が評価されていたのであれば、窮地に立たされるのは地上波のテレビ局でしょう。なぜなら、テレビ局が『コンテンツ』を作る能力がないことが浮き彫りになってしまうからです。

 この場合はテレビ局が「返り討ち」をすることは不可能です。自分たちで『人気コンテンツ』を生み出せないのですから、外部に制作を頼らざるを得なくなります。ただ、有能なクリエイター陣は “黒船” が高報酬で囲い込んでおり、テレビ局が従来の報酬でトップクリエイターを確保することは難しいと言わざるを得ません。

 ただ、テレビ局が既得権益の上にあぐらをかき続けられなくなっただけです。そのため、クリエイター陣への支払いが増加したことで経営が苦しくなったとしてもテレビ局への同情はほとんど起きないでしょう。

 本当の実力が問われる時代が訪れた状況下ではテレビ局が現状維持に拘るほど、凋落のペースが深刻になると言えるのではないでしょうか。