大阪府が自粛解除の出口戦略を模索し始めるも、政府当局の「総合調整」と「実効再生産数の非公表」が立ち塞がる

 日経新聞によりますと、新型コロナウイルス感染拡大を抑制するための外出自粛要請について、大阪府が独自の解除基準を設ける方針を決めたとのことです。

 ただ、そのためには越えなければならないハードルが複数存在します。ハードルを設置しているのは政府当局(≒ 専門家会議)ですから、現実的な出口戦略を立案できるかは現時点では不透明と言わざるを得ないでしょう。

 

 大阪府は2日、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う休業と外出自粛の要請について、解除する際の独自基準を設ける方針を決めた。入院患者のベッド使用率が一定の数値を下回るなどした場合、段階的に解除する。

 (中略)

 ただ、大阪単独で解除に踏み切れば兵庫県や京都府など周辺自治体との人の往来が増し、感染が再び拡大する可能性もあり、今後、国や他の自治体との調整も必要になりそうだ。

 

大阪府が考えている自粛解除の基準となる指標

 大阪府が考えている外出自粛要請解除の基準として使おうとしている指標は以下のとおりです。

  • 大阪府が使用を検討している指標
    1. 病床使用率
      • 「ベット数」と「入院患者数」から算出
      • 重症者向け: 50% 未満
      • 軽症・中等症者向け: 60% 未満
    2. PCR 検査の陽性率
  • 使用すべき指標
    • 実効再生産数 Rt
      • 任意の条件下で1人の患者が新たに何人の患者を生み出すかを示す数値
      • 1 < Rt : 感染が拡大している局面
      • Rt < 1 :感染が収束に向かっている局面

 現実的に使えるのは『病床使用率』と『実効再生産数 Rt』の2つです。

 「入院患者を受け入れる余裕がある」なら、新たな患者が多少発生しても問題ありません。この場合は現状の自粛基準を緩和すべきでしょう。逆に「入院患者を受け入れる余裕がない」なら、感染収束のペースを上げる必要があります。

 つまり、これら2つの指標の推移を見つつ、自粛要請の水準をギアと同じように上げ下げできる柔軟な制度を作れるかがポイントなのです。

 一方で PCR 検査の陽性率は無意味です。これは年齢など患者の属性が排除された指標だからです。「ほとんどが重症化しない10代や20代で陽性率が 30% だった場合」と「高齢者施設で陽性率が 10% だった場合」では意味が違うからです。

 

地方自治体が実態に合わせた独自基準を作ろうとしても、国が定めた法律が立ち塞がっているのが現状

 では吉村知事が掲げた独自基準を運用できるのかと言いますと、現状では不可能です。なぜなら、新型インフルエンザ等特措法で権限が政府の対策本部に移っているからです。

(政府対策本部長の権限)
第二十条 政府対策本部長は、新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に実施するため必要があると認めるときは、基本的対処方針に基づき、指定行政機関の長及び指定地方行政機関の長並びに前条の規定により権限を委任された当該指定行政機関の職員及び当該指定地方行政機関の職員、都道府県の知事その他の執行機関(以下「都道府県知事等」という。)並びに指定公共機関に対し、指定行政機関、都道府県及び指定公共機関が実施する新型インフルエンザ等対策に関する総合調整を行うことができる。

 

2 前項の場合において、当該都道府県知事等及び指定公共機関は、当該都道府県又は指定公共機関が実施する新型インフルエンザ等対策に関して政府対策本部長が行う総合調整に関し、政府対策本部長に対して意見を申し出ることができる。

 政府対策本部長には総理大臣が充てられています。つまり、特措法第20条で対策本部長である総理は総合調整(= 行政の足並みを揃えること)ができるのです。

 大阪府の吉村知事ができるのは特措法第20条2項にある「政府対策本部長(= 安倍首相)に独自基準を作りたいという意見を申し出ること」だけです。対策本部長は “吉村知事の意見” を「全国一律で継続すべき」と不採用にすることも可能ですから、ハードルは高いと言わざるを得ないでしょう。

 

専門家会議は都道府県ごとの実効再生産数 Rt を公表していない

 また、出口戦略を模索している都道府県(の担当者)にとって厄介なのは「専門家会議が実効再生産数 Rt を公表していない」という点です。

 この数値がないと「どの程度の感染が起きているのか」を把握することが困難になります。『拡大局面』なのか『収束局面』なのかの “現状報告” をせずに「自粛を続ける必要がある」と言い続けることこそ大本営発表でしょう。

 少なくとも、政府が都道府県別の実効再生産数を公表しなければなりません。掲載しているサイトは存在するのですから、情報を持っているはずの政府が公表に消極的なのは怠慢と言わざるを得ません。

画像:近畿圏における実効再生産数R(2020年5月4日)

 関西だと隣接する都道府県の R はいずれも1を下回る水準で推移していることが分かるため、出口戦略に沿う形で自粛要請の撤回に動くことは合理的です。政策を立案するために必要となるデータを公表できない時点で政府当局は不誠実と言えるでしょう。

 

 政府当局は実効再生産数 R を今後も公表しないと考えらえます。緊急事態宣言を出した4月7日時点よりも前から R は1を下回っている状態が続いているため、この点を国会質疑で追求されると答弁に窮することになるからです。

 東日本大震災の原発事故や築地市場の移転問題では科学が風評に負けました。新型コロナウイルスでもそうなる可能性が極めて高くなっています。

 そういう政治家を選んだ有権者の自業自得でもありますが、言いがかりを付けるだけで根拠に基づく議論ができない野党議員を称賛し続けたマスコミが散々な現状を作ることを加速させたとも言えるのではないでしょうか。