「平時は誰がどこで運用するのか」との視点を無視した超党派議連が “ぼくたちの考えた最強の病院船” の建設を政府に要望
毎日新聞によりますと、東日本大震災の際に「病院船の建設推進」を訴えた超党派の議連が名称を変更し、“7年ぶり” に総会を開いた上で「最新型病院船の建造保有」を政府に要望したとのことです。
要望を訴えることは議員の役割ですが、現実世界の制約を無視している問題を指摘しなければなりません。「運用」の観点が抜け落ちているのですから、「無用の箱物のために貴重な予算を浪費することになる」と言わざるを得ないでしょう。
超党派でつくる「病院船・災害時多目的支援船建造推進議連」(会長・衛藤征士郎元防衛庁長官)は5日、首相官邸で、菅義偉官房長官に病院船の建造を要請した。議連が求める病院船は長距離フェリー並みの3万5000トンで、患者ら1000人を収容する。建造費は250億円で、新型コロナウイルスなどの感染症に対応できる個室も備え「海に浮かぶ大学病院」をイメージする。
“東日本大震災で求められた病院船” は「感染症が疑われる患者を隔離すること」には適さない
『病院船』にスポットが当たったのは「2月3日に横浜港に寄港したクルーズ船『ダイヤモンド・プリンセス(英国船籍)』で新型コロナウイルス感染症が蔓延していたから」でしょう。
理想的な対応は「感染が疑われる全乗客・乗員を速やかに下船させて『空間的な隔離が可能な施設』に移すこと」でしたが、該当する施設はどこにもありませんでした。そのため、「『病院船』があれば良かった」との論調が生まれることになりました。
だから、東日本大震災を機に「病院船の建造・保有」を訴えていた議連が新型コロナを理由に再び動き出したのです。しかし、震災時と今回では『病院船』に求められるニーズが異なることに留意する必要があります。
(阪神大震災や東日本大震災などの)震災で求められるのは「外傷を負った患者」に対する医療サービスの提供であり、『外科』の医師や看護師が求められます。一方で(新型コロナウイルスのような)感染症で求められるのは「隔離施設」の提供です。
災害時に求められている医療は「怪我人に対する的確かつ迅速な措置」であり、措置が完了した患者は “大部屋” での経過観察や退院となるでしょう。
ところが、感染症の場合は「ウイルスを外部に漏らさないための個室(= 気圧の低い『陰圧室』)」を数多く備えていることが必須となるのです。そのため、災害時に活躍する “一般病床” は感染症対応には使えません。この視点が欠落していることは致命的と言わざるを得ないでしょう。
「(官公庁が保有する)公船である『病院船』を誰が運用するのか」という問題
『病院船』の建造・保有を求める議連が無責任なのは「誰が『病院船』を運用するのか」という視点が欠けていることです。
- 病院船の運航責任者
- 国が保有する『病院船』は「公船」
- 船舶の運用実績を持つ公的機関は海上自衛隊と海上保安庁の2つ
- どちらも人員と予算は潤沢ではない
→ 新艦の建造費を大きく削られている状況
- 病院船での医療責任者
- 「大学病院」と同程度の医療従事者の確保が必要
- 平時に病床を埋めていると、有事の際に使えない
- 有事の際のみに稼働させるなら、平時の運用方法に課題が残る
「運航」と「医療提供」の2点で、『病院船』には大きな課題が生じるのです。『病院船』が能力を発揮するのは「受け入れ能力がある状態で現地に到着した場合」です。この視点を無視した超党派議連の提案は無視で十分と言えるでしょう。
現地に向かうには『病院船』を運航させなければなりませんが、公船の運用実績を持つ海自や海保の人員や予算に余裕はありません。また、医療サービスを提供するための医療従事者も余裕があるとは言えないのです。
超党派議連の提案は無責任で雑なものと言わざるを得ないでしょう。
『病院船』で「平時の医療」と「有事の対応」の両方に応えることはできない
超党派議連の会長を務める衛藤征士郎議員(自民党)は「平時の医療、有事の災害対策に応える病院船が必要」と述べているものの、この2つは両立しないことです。
- 平時に医療サービスを提供
- +: 病院船で勤務する医療従事者を稼働させられる
- ー: 病床が埋まっているため、受け入れ能力が低下
- 平時に医療サービスを提供しない
- +: 有事の際に “最大限の受け入れ能力” を発揮
- ー: 医療従事者や船舶運航者への人件費(= 公費)が批判の対象となる
要するに、「病院船の受け入れ可能能力」と「病院船運用のための公費負担への理解」はトレードオフの関係にあるのです。この問題にどう折り合いを付けるのかを超党派の議連は言及しなければなりません。「建造はしたが、後(の運用)は知らない」ではあまりに無責任です。
また、病院機能は『イージス・アショア』と同じで、陸上に設置した方が全体のコストが低くなることは自明です。したがって、目的が適切かを見直す必要があるでしょう。
災害時の医療提供においては「陸上自衛隊に “野戦病院セット” を保持・輸送・初期運用させる役目と予算」を与えば大多数のニーズを満たせるでしょう。感染症が疑われる患者の隔離には「(結核などの)隔離病棟維持のための補助金」で施設と人員を保てるはずです。
現実の制約を考慮した上で『目的』を設定することができていなければ、新国立競技場のような “中途半端な巨大箱物” が生まれるのは目に見えています。その失敗を繰り返さないためにも「運用」にも焦点を当てた計画を立案する必要があると言えるのではないでしょうか。