毎日新聞の “スクープ” で奈良南部の周産期医療を潰したように、NHK が「岩手で妊婦が新型コロナを理由に救急搬送を拒否された」と報道

 首都圏から岩手県に帰省中の妊婦が破水して救急搬送されたが、新型コロナウイルスの感染の疑いを理由に受け入れを拒まれる事態が発生したと NHK が報じています。

 このケースは “野良妊婦” に該当しますから、病院側の対応に何ら落ち度はありません。「受け入れろ」との要求は奈良県南部の周産期医療を崩壊させた毎日新聞による大淀病院事件と同じ結末を辿ることになるでしょう。

 

 関係者によりますと、今月中旬、首都圏から帰省していた妊娠中の女性が午前中に破水し、救急の受け入れをしてほしいと消防から病院に連絡があったということです。

 磐井病院と中部病院では、院内感染を予防するため、里帰り出産を受け入れるにあたっては県内で2週間生活したうえで、発熱などの症状がないことを条件にしていて、この女性は帰省してから4日後だったため受け入れを断ったということです。

 女性には発熱などの症状はなく、その日のうちに県内の別の病院に搬送されました。そしてPCR検査の結果が出る深夜まで待たされ、陰性と確認されてから帝王切開の手術を受け、出産したということです。

 

病院側が拒否した理由は「妊婦が感染者だった場合に最低2週間は病院機能が止まる」から

 岩手の県立病院が救急要請に応じなかった理由は「病院の周産期医療が少なくとも2週間は止まる」からです。

 患者が新型コロナウイルスの感染者であることが発覚した場合、院内感染を防ぐために対応を行った医療従事者は「2週間の自宅隔離」が指示されます。これは山梨県で心停止した乳児が救急搬送され、蘇生された後の通常確認からの PCR 検査で感染が発覚したケースが代表例です。

 なぜ、病院側が拒否したかと言いますと「産科は深刻な人手不足」だからです。要するに、バックアップをすることが可能な人材がそもそもいないのです。

 出産がいつ始まるかは誰にも分からないため、基本的に24時間対応です。そこに “感染している可能性のある妊婦” が突発的にやってくれば、一撃で地域の周産期医療が止まることが現実味を帯びます。

 この弊害が大きすぎるから、病院側に事前に受け入れ要件を定めていたのです。要件を無視した飛び込み出産が認めろと言うなら、病院側にも相応の対価を支払うべきと言わざるを得ないでしょう。

 

「救急搬送された妊婦1人」と「今後2週間での出産が予定されている妊婦複数人」が天秤にかけられている

 岩手県での事例は「妊婦の行動」を精査せざるを得ないでしょう。なぜなら、里帰り分娩は「急な帰郷分娩の検討は避けてください」と日本産婦人科医会がお願いしている上、出産の2ヶ月前には帰郷しているべきものだからです。

 今回の事例は「首都圏から帰郷して4日後」です。目安に従っていた場合は「かなり早産」ですし、推奨される指針に従った行動を採っていたかの確認は必要不可欠と言えるでしょう。

 妊婦は PCR 検査で陰性でしたが、これはあくまで結果論です。陽性だった場合は「対応に当たった医療従事者が2週間の戦線離脱」を強いられるため、今後2週間が出産予定日だった妊婦全員が受け入れ先の病院を失うことになっていたのです。

 ミクロの視点(= 救急搬送されてきた妊婦)を優先するあまり、マクロの視点(= 今後2週間が出産予定日の妊婦)が欠落することは制度設計として致命的です。

 過去にも同様の問題が奈良県で起きているのですから、同じ失敗を繰り返さないためにもマスコミや一部の識者による難癖は叩き潰さなければならないと言えるでしょう。

 

毎日新聞(・青木絵美記者ら)の “スクープ” で奈良南部の周産期医療が潰された大淀病院事件

 「なぜ救急搬送を受け入れないのか」と病院側の事情を無視して騒いだことで地域の周産期医療が壊滅した事例は過去に存在します。それは2006年に奈良県南部で発生した大淀病院事件です。

 「CT を撮っていれば妊婦は助かった」や「数時間放置された」などの誤報を出した上、社長が「医療体制が崩壊していたことを報じたのであり、報道が崩壊させたのではない」と開き直る有様でした。

 問題となった出産は大淀病院で午前0時頃から始まり、妊婦の容態が急変したのは午前1時30分すぎ。「高次医療機関への搬送が必要」と判断した当直医は受け入れ先を探しましたが、ほどんどの病院に「空き」がなく、時間を要することになりました。

 これをマスコミは「たらい回し」と批判。該当の当直医に対するバッシングを仕掛けたのです。

 夜間帯に日中と同じ受け入れ能力は確保されていませんし、既に対応している担当者に新たな患者をアサインすることはできません。このような条件を無視して「救急搬送が受け入れられないなどあり得ない」との批判は逆効果しか生まれないでしょう。

 

 周産期医療に関する不満は「周産期医療そのものが消滅すること」でゼロになるのです。これが実際に発生したのが奈良県南部であり、岩手県でも NHK の報道などによって種が撒かれた状況にあります。

 身勝手で声が大きい人が優先されるなら、ルールを守るほど損をすることになります。

 地域の妊婦全員が恩恵を受けるためのシステムが “飛び込み出産” への対応を優先させられたことで瓦解してしまっては本末転倒です。

 飛び込み出産をした妊婦の肩を持つ人々やマスコミは周産期医療の維持には関心がない訳ですから、社会システムの優先意義は強調されるべきと言えるのではないでしょうか。